ニューヨークを愛する気持ちを表現するために、ゲリラアートを敢行しようとして、爆弾犯に間違えられ、泣く子も黙る刑務所島ライカーズ・アイランドに収監されるという稀有な体験をしたブルックリン在住アーティスト、家具デザイナーの宮川剛さん。
その体験はこちらの記事に詳しくまとめられている。
そんな体験をすれば、ニューヨークを嫌いになったり、故郷に帰りたくなったりしそうなものなのだが、今も、宮川さんは、ブルックリンで活動を続けている。ちなみに不当逮捕について「当局を訴えるべきだ」という声も周囲にはあったけれど、たけしさんは、自分の非も認め(罪ではないが、疑われることをしたということ)、自らコミュニティ・サービスをやり、再び、日常生活に戻る道を選んだ。
2017年には、55歳で、料理研究家で42歳の塩山舞さんと結婚し、翌年、子供をもうけた。今、とても穏やかに当時のことを振り返る宮川さんの人生には、社会的な成功や金銭的な豊かさを求めずに、自分の幸せの形を追求する人生の美しさを教えてくれるエピソードが溢れている。
インタビュー・文/佐久間裕美子
すべてのトイレが詰まっているホテル
半生を過ごすことになるニューヨークの出会いは、卒業旅行だったという。まだ汚く、安全とはいえないニューヨークのパワーに魅了されたと宮川さんはいう。
――学生時代に空手をやっていました。2段を取得しているので、いざとなったら防御できます。いつも自分はどこに行っても大丈夫だろうという気持ちがある。
初めてのニューヨークにも、ホテルの予約をせずに来ました。夜の10時頃にマンハッタンに着き、タイムズスクエア周辺に安いホテルがあると聞いていたので、辺りでホテルを探しました。まさに映画『タクシードライバー』の世界で、ポルノ映画館があり、娼婦が道に立つネオン街でした。「ホテル・ディプロマ」という一泊30ドルのところに泊まり、1週間滞在しました。
その後、もっと安い1週間89ドルのホテルを見つけ、そこに3週間いました。今ではおしゃれな「ジェーン・ホテル」に改装されましが、当時そこはトイレとシャワーが男女共同の不潔なホテルでした。トイレは全部うんこが詰まっていて、使えませんでした。シャワーは隣の人が騒いで暴れたので、裸のまま慌てて逃げました。トイレはカフェで済ませ、シャワーは冬なので浴びませんでした。
その旅で、街の持つパワーに圧倒されました。皿洗いをしてでもいいから、この地に戻ってきたいと思いました。