ブレイディみかこさん(撮影:林直幸)

日本がこれ以上分断しないために絶対必要な「エンパシー」とは何か

今、イギリスの経験から学ぶこと

ブレイディみかこ――。イギリス・ブライトン在住、パンクロックを愛してやまないライターである。現地で――彼女の言葉を借りれば「地べた」で――生活をしながら、イギリス社会のリアルを描くことで注目された。

そんな彼女がこの夏、『女たちのテロル』(岩波書店)と『ぼくはイエローでホワイト、ちょっとブルー』(新潮社)をほぼ同時に刊行した。前者は歴史に名を残した3人の女性の評伝であり、後者は現地中学校に通う息子とのコミュニケーションを通して、イギリス社会を描写する。

彼女の手にかかれば、遠いはずのイギリス、遠いはずの歴史と今の日本社会が、どこかで地続きになっているように感じてしまう。好きなように生きられない苦しさ、持っている人とそうではない人、あちら側とこちら側の間に起きてしまった分断――。

今、そこにある分断を乗り越える鍵、キーワードはイギリスの中学校に出た試験問題のなかにあった。「問題:エンパシーとは何か?」

(取材・文:石戸諭、写真:林直幸)

「私は私を生きる」――金子文子の人生

ブレイディみかこは、まったくイメージを裏切らない出で立ちでやってきた。白いTシャツにはバナナがばっちりとプリントされている。伝説のバンド「ヴェルベットアンダーグラウンド」のバンドTである。

彼女のライター人生に決定的な影響を与えたのは、パンクの生ける伝説ジョン・ライドンだ。自身のスタイルにも関係しているという。

《彼の知性とユーモアが何よりも好きです。ライドンはよく、いろんなものにラベルを貼って、箱にわけるなってよく言っています。勝手に決めつけるなよってことです。これこそがパンクですよね。

私もよく「何を書いている人なのかわからない」って言われるんですね。

いろんなジャンルの本を書いているからです。今はなんとなく人文系の棚に本が置かれていますが、私は大学の先生でも在野の研究者でもない、在野の生活者なんですね。「人文」の人じゃない。

よくわからないと言われると、別にジャンルレスでいいじゃないと思う。既成概念で見ないでほしいし、私は既成概念なんて気にするなって思うから自分が書きたいことを書いています。》

決めつけられることを徹底して拒絶するパンクスらしい一言からインタビューは始まった。彼女の感性を通して描かれる強烈な個性を持った女性たちは、これまでの既成概念が見事に取っ払われ、パンクな一面が浮かび上がる。例えば、金子文子である。

遡ること今から約100年前、大正時代に日本で活躍した無政府主義者にして、稀有な文章力を持った女性だった。朝鮮人の内縁の夫とともに逮捕され、23歳で獄中死したドラマの多い人生は多くの小説家、思想家の感性を刺激した。彼女を描いた作品はたくさんある。

国家権力の横暴で亡くなった可哀想な文子、朝鮮人との恋愛に殉じた文子――。ブレイディみかこはそんな単純化した見方はしない。

 

《みんなが賞賛する革命だって、権力を倒した後に、別の権力を立てることには変わりない。だったら、何が「革命」なのか?って話を彼女は20歳そこそこで真剣に考えているんです。

結局、彼女が大切にしたのは、私は私を生きたいということです。亡くなったのだって、私は私を生きるために亡くなっている。

100年前というのが一つのキーワードなんですよね。 いろんなクリエイターが今、100年前から現代を捉え直そうとしています。金子文子も韓国で映画化され、日本でも、私以外にも、彼女に注目した小説家の方が彼女について書いている。これは決して偶然ではないと思うんです。

彼女は貧困家庭に生まれ、子供の頃、虐待まがいのことも受けている。そこから立ち上がって、おかしいことはおかしいと言った人生なんですよね。

そこで私が私であろうとした彼女の生き方は、女性たちが抱えている問題とリンクしているように思うんです。》