「生まれた環境」による学力差を縮小できない〈教育格差社会〉日本

人々が緩やかに「隔離」された社会
松岡 亮二 プロフィール

この学校の両親大卒割合は学校平均学力、親が小4の子に大学進学を期待する割合、通塾率、習い事参加割合、それに、学習とメディア(テレビ・ゲームなど)に使う時間の学校平均など様々な「この学校の(児童たちの)特徴」と関連がある。

すなわち、親の学歴が高い地域にある公立小学校では、平均的な学力が高く、親の大半が小4の子に対して大学進学することを明確に期待し、児童の半数ぐらいは小4で通塾し、同級生はみんな何かしらの習い事をし、学校外学習時間は長く、メディア消費時間は短い。これは両親大卒割合で代理的に示される学校SESによって、学校ごとに「ふつうの小学校生活」のイメージが大きく異なっていることを意味する。

また、両親大卒割合は児童の家庭にある蔵書数の学校平均とも関連している。大卒者が多い地域の公立校であれば、同級生の家に遊びに行った際、複数の棚に書籍が詰まっていてもそれは偶然ではないのだ。

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似た者同士が集まる

小学生にとっては目に見える範囲が「みんな」であり、「ふつう」の基準だ。換言すれば、彼らにとって比較対象となるのは、各学校の内部、広くても周囲の小学校である。

もしあなたが小学生時代に、教師や親だけではなく子供同士の間でも「勉強ができること」が高く評価されたり、周囲の通塾率の高さに引っ張られて「“みんな”みたいに、塾に行こうかな」と感じたりしたのであれば、あなたの教育環境は比較的有利なものだったといえる。

もちろん、各学校内部にも児童間でばらつきがある。ただ、それは親の居住地域の選択によって緩やかに均質化した上での学校の「内部」における「違い」だ。日本全体の中で見ると、住宅価格・家賃や通勤可能な範囲の就業先などが地域間で偏在している以上、比較的「似た」者同士が集まっていることになる。児童や親が「これが“ふつう”でしょ」と思ったとしても、それが日本全体の平均であるとは限らない。

 

これは中学校でも同じことだ。主に都市部の高SES層が進学する私立中学校が特殊な空間であることは言うまでもない。重要なのは、公立校に限定しても、SESによって学力や通塾率など様々な学校間格差が確認できることだ。

すなわち、比較的「似た」人たちが同じ地域に住むことで、たとえば、「中2の秋から塾に通い始めて、できるだけ高い偏差値の高校を目指すことが望ましい」といった、その地域に特有の「規範」ができると考えられるのだ。