実用化へ!「量子コンピュータ」開発者が教える「猫を見る仕組み」

博士課程で専門を変え、今は最前線へ
新版・窮理図解 プロフィール

結婚して渡米したこともあって、業績を挙げることも意識して研究をがんばりました。ポスドクは時限付き雇用で、論文を書かないと次の就職口がないのです。「スポ根」で論文を通しましたね。

カルテックは世界最高峰の研究機関なので、教員からも、同僚からもすごく刺激を受けました。何より、いい友達に巡り会えたのがラッキーでした。ルーカス・ボーテン(ルーク)という同じ年のオランダ人です。当時、量子観測に関する重要な論文があったのですが、難解で誰も理解できませんでした。でもついに彼が読み解いて、私に直にレクチャーしてくれたのです。おかげで最新の理論を習得することができました。

日中はルークと議論に没頭し、夜は息抜きにテニスをするという充実した日々でした。 無事にいくつかの論文を出版することもできました。当時、20代でやったことが今でも生きていますし、カルテックで経験したことは大きいです。これが、次のオーストラリア国立大学と慶應大学への就職につながっています。

特にルークには感謝しています。アメリカでの最終年度に息子が生まれたのですが、ぜひにと頼んで、「ルーカス」をミドルネームにもらいました。

──慶應義塾に来られての印象はいかがですか。

今年で10年になり、東京大学で過ごした9年を超えました。人生でいちばん長い時間を過ごしている組織です。学生は素直でスマートな子が多いですね。授業の後、鋭い質問に来る学生もいます。教員も事務の方もみなさん親切で仲がいいですね。慶應イズムの良さを感じます。

父が商学部出身で慶應の雰囲気を分かっているせいか、就職が決まったと報告したときはずいぶん喜んでいました。

「研究をビジネスに結び付ける」という挑戦

──IBMQプロジェクトは、これまでの研究とは違う大変さがあるのでは?

ちょうど1年くらい前に学部長から話がありました。アルゴリズムやAIにはもともと興味がありましたし、まさかセンター長を務めることになるとは思わず、最初は軽い気持ちでお受けしました。

参加企業の研究者が大学に常駐しているので、金融、AI、化学などの多分野に渡る刺激的な話題に毎日接しています。学生も参加して実際に問題を解いたり、プログラミングをしたり、ディスカッションをしたりと、やっていること自体は普段とそう大きく変わりません。

けれども「どのようにして将来的にビジネスに結び付けるか」という視点で研究をするのは初めてです。ビジネスが絡むと注目度が違いますね。取材も増えました。ネクタイを締める機会も増えて、妻は「ようやく社会人らしくなった」と喜んでいます(笑)。

──センターの外観は斬新なデザインですね。

米国・東京IBM研究所の事業開発の方々、ロンドンのデザイナーと毎週話し合いを持ちました。時差の関係で、打ち合わせの開始は夜11時なのです。私もいくつかアイデアを出したのですが、採用されませんでした。でもデザイン作業は嫌いではないので、楽しかったですね。

実は母方の祖父が画家なのです。母も叔父も叔母もみんな芸大出身で、芸術一家なんです。私も中学の写生大会では1年から3年まで、毎年、賞を取りました。身内では誰も、私が理系の研究者になるとは思っていなかったようです。

絵と数学は一見関係なさそうですが、面白い数学はやはりきれいに構築されていて、感動します。だから、きれいなものを作ろうという感覚は近いのかもしれません。

自分のそばに「手本となる人」を見つけよう

──研究に打ち込んでいる学生さんに応援メッセージをお願いします。

私も学生のときは研究室に住んでいました。自分自身、いろいろ楽しんでいたらこうなったので、「こうしたらいい」というアドバイスはあまりできません。でも、打算的にならなくても、その場その場で真剣に考えて努力すれば、そのうちに道が開けるのではないかと思います。

情報が氾濫している中で進路に悩む学生から「どういう研究をしたらいいですか」と質問を受けることがありますが、「とりあえず甘利先生のこの本を読んでみたら」、くらいしか言えないのです。

私自身はあまり戦略を立てませんでした。周りを見渡すとたくさんすごい人がいましたから、そういう人たちをロールモデルにしてきたように思います。良い研究をするのはもちろん、生き方の姿勢に感銘を受けた方もたくさんいます。身近に良いロールモデルを見つける、というのが1つのアドバイスになるかもしれません。

──先生として、心がけていることはありますか。

楽しそうにしているのが大事かなと思います。なるべく楽しそうにね。学生に対してはあまり「あれしろ、これしろ」とは言わないようにして、代わりにほめます。

たまにいいアイデアをもってくることがあるんですよ。「こういう計算をしてみたら、こんな結果が得られたのですが、どう思いますか」と。そのときは、かなりほめます。

慶應の学生はみんな地頭が良いので、自分から考えて行動してくれるようになったら、あとは細かい軌道修正だけで十分ですね。議論の相手をするだけで成長していきます。

取材・構成 平塚裕子
写真 邑口京一郎
デザイン 八十島博明、石川幸彦(GRID)
編集協力 サイテック・コミュニケーションズ
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