実用化へ!「量子コンピュータ」開発者が教える「猫を見る仕組み」

博士課程で専門を変え、今は最前線へ
新版・窮理図解 プロフィール

しかし、この問題を解決するための特殊な弱い光を生成する方法がついに開発されたのだという。シュレーディンガーの猫が見えるようになったのだ。この後、さらに、この猫の状態を自由自在にフィードバック制御する方法もわかった。

図2 シュレーディンガーの猫の制御法(アロシュの実験の比喩)
1)箱の中では「光がある状態」(起きている猫)と「光がない状態」(寝ている猫)が重なり合っている。
2)目標は「必ず光がある状態」をつくること。
3)原子を(光の状態を壊さないように弱く)当てる。
4)箱から出てくる原子は、光の状態を教えてくれる。
5)もし「光がない」という情報が得られたら光を増やす(寝ている猫に餌をあげて起こす)。

これらを含む量子制御に関する一連の研究は「量子システムの計測と操作を可能にした実験手法の開発」として2012年のノーベル物理学賞の対象になり、仏高等教育機関コレージュ・ド・フランスのセルジュ・アロシュと米国立標準技術研究所のデビッド・ワインランドの2氏に贈られている。 

このように量子システムを観測する技術が1990年代後半ごろから開発されはじめ、徐々にそれらをフィードバックでうまく動かせるような体系ができあがってきた。

山本さんがカリフォルニア工科大学に移った当時、この分野の数学はまったく確立されていなかったが、いくつかの幸運が重なって、世界に先駆けてこの理論を習得することができた。その後、オーストラリア国立大学研究員を経て現在に至っている。

山本さんの論文は、カリフォルニア大学バークレー校の実験チームによって検証されるなど評価されており、「理論家としては非常にうれしいこと」とほほ笑む。「重ね合わせを自由自在に制御するための理論が発展を遂げ、ノーベル賞で認められたりもして、量子の世界がガラッと変わってきた20年でした」と山本さん。

今は量子制御理論を応用して、集積化が限界にきている電子回路のフィードバック制御の量子化にも取り組む。次世代コンピュータに必須の技術として期待され、科学技術振興機構(JST)のプロジェクトとして進行している。

世界中がしのぎを削る量子コンピュータ開発

量子コンピュータ開発は今、実用化を目指し熱い視線が注がれている。

「世界の巨大企業が、量子コンピュータ開発に巨額の資金を投入しています。また、アメリカでは関連したスタートアップ企業やベンチャー企業がどんどん増えており、日本も負けてはいられません」

ハードの開発に加え、今は機械学習への応用などを志向するアルゴリズムがさかんに研究されている。

慶應義塾大学では、量子コンピューティングセンターを立ち上げて2018年5月に「IBM Q Network Hub(※1)」を開設、20量子ビット(※2)の実量子コンピュータを用いた量子アルゴリズム研究に着手した。将来のビジネス化を念頭に企業と連携したプログラムで、山本さんはセンター長として研究の先頭に立つ。

具体的には、迅速な株価評価を行うための高速モンテカルロ積分法や、少ないデータで効率よく人工知能を鍛える量子機械学習の研究を実施している。

「私が学部や修士のときに研究していた分野につながっています。ラッキーですね。他にもいろいろな数理工学の問題にアタックしています。今まで取り組んできた制御や最適化の話も組み合わせて、量子コンピュータの数理工学を展開していきたいと思います」

日々発展する量子コンピュータの世界で、オリジナルの数理工学基盤を打ち立てることができるのか。山本さんの挑戦は続く。

※1「IBM Q Network Hub」
IBM社がビジネスやサイエンスで応用可能な汎用量子コンピューティングシステムを構築するため、2017年に立ち上げたシステム。米国オークリッジ国立研究所、英国オックスフォード大学、オーストラリアメルボルン大学などがハブとなっており、日本では慶應義塾大学が担う。
なお、5量子ビットの量子コンピュータはクラウドベースで自由に使うことができ、次のサイトからアクセスできる。 
IBM Q Experience

※2 「20量子ビット」
1量子ビットは1と0の2つの状態を同時計算できるので、20量子ビットの量子コンピュータは2の20乗、すなわち約100万状態を同時計算できる。量子ビット数が増えると、計算速度は指数的に増大する。

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