150年前のSNS!? 創刊直後の『ネイチャー』が超絶面白い

ダーウィンが「いいね」した日本特集
瀧澤 美奈子 プロフィール

「文明開化」以前のニッポンの姿を活写

150年前、すなわち1869年といえば、日本では元号が明治に変わって2年目。ようやく戊辰戦争が終わった頃である。

鎖国を解いて、近代化への道を歩みはじめたばかりの日本からは、多くの若者がヨーロッパに留学し、西洋の知識を貪欲に学んだ。

同じころ、西洋人もまた、日本を好奇の目で凝視していた。

『ネイチャー』は創刊後すぐに、「The Japanese」という、当時の雑誌のボリューム(20ページ前後)からすると長い3ページもの特集記事を掲載している(Nature vol.1, p.190, “The Japanese”)。筆者が調べたかぎりでは、『ネイチャー』がこのような特集記事を組んだ国は、日本以外に存在しない。

同記事はその題名が示すように、日本という国と、そこに暮らす日本の人々を真っ正面からとらえたもので、日本列島の地理や日本人の身体的特徴にはじまり、維新前後の日本、とくに当時の江戸の街のようすを生き生きと伝えている。

日本人を「cultivated people(洗練された、教育が行き届いた人々)」と評し、その芸術的な感性を高く評価する一方、日本人独特の宗教観や、"ハラキリ"、七福神などを、彼らのフィルターをとおしてユニークに記述している。

文面からは、異文化に触れた彼らの素直な興奮が伝わってくると同時に、私たち日本人がとうに忘れてしまった、文明開化前の日本の姿が、彼らの新鮮な感動とともによみがえってくる。

【写真】彩色絵葉書に描かれた明治時代の商店
  彩色絵葉書に描かれた明治時代の商店 photo by gettyimages

伊藤博文が招聘した「世界最先端の工学教育」

「The Japanese」の記事掲載につづく2〜3年のあいだは、珍しい花や蚕(カイコ)、茶の木や貝類、深海サンゴなどに関する博物学的な記事の中で日本への言及がたびたび見られるが、注目すべきはその後である。

創刊から3年後の1872年に3回、1873、76、77年には年に1回の頻度で、日本が急速に近代化していく状況を報じているのだ。

なかでも1873年4月と1877年5月の記事には、のちに初代内閣総理大臣に就任する伊藤博文の依頼によって編成された、ヘンリー・ダイアーら、スコットランドの工学者たちからなる「お雇い教師団」によって、「世界最先端の工学教育」を日本に導入した経緯が記されている。

それは、ダイアーらが考える理想の工学教育、すなわち理論と実践を組み合わせた教育を導入したものであった。古い教育システムの存在ゆえに、彼らの本国・イギリスにおいてさえ、いまだ実現できていない、先進性を備えたものだった。