いま将棋界で起きようとしている「31年ぶりの一大事」

羽生世代が迎えた「大きな転換期」
大川 慎太郎 プロフィール

羽生失冠の衝撃

他を圧倒する実績を残してきた羽生世代だが、いつまでも昇り続ける太陽はない。50歳に近づくにつれて、緩やかに成績が下降し始めた。

まず中心の羽生が若手棋士にタイトルを奪われるようになった。2017年が始まる時点で羽生は王位、王座、棋聖を保持する三冠だった。だが菅井竜也(1992年生)に王位を、中村太地(1988年生)に王座を奪われて一冠に後退した。それでも冬に渡辺明から竜王を奪取して二冠に復帰すると同時に永世七冠を達成した時は、「羽生健在」をファンに強烈に印象付けた。

 

ところが、である。

2018年に羽生は一気に失速する。名人戦で佐藤天彦に挑戦するも敗退。そして棋聖戦で豊島将之に屈して、初タイトルを獲得させてしまった。残り一冠は竜王位。広瀬章人(1987年生)を挑戦者に迎えた七番勝負は、羽生が勝てばタイトル通算獲得100期、敗れれば27年ぶりに無冠という鬼勝負となった。

第5局終了時点では3勝2敗とリードしていた羽生だが、ついにその時はやってきた。残り2局を連敗して無冠に陥ったのである。

これまでも「世代交代」は何度となく叫ばれてきたが、そのたびに厚い壁となって跳ね返し続けた羽生。だがついにその壁は崩れたのだ。2019年6月現在、タイトルホルダーの最年長は35歳の渡辺明であり、最年少は26歳の斎藤慎太郎だ。世代交代は一気に進んだのである。

ちょうど2016年末に藤井聡太という不世出の棋士が史上最年少でデビューし、2017年6月には将棋界新記録となる29連勝を達成していた(しかもデビューから無敗だった)。藤井はまだタイトル戦に出ておらず、羽生も藤井にタイトルを奪われたわけではない。それでも次の時代を創る男のデビュー時に成績を落とし始めたのは1つの象徴だろう。

羽生世代の斜陽

羽生だけではない。羽生世代の他の棋士もタイトル戦に絡むのが難しくなっている。また日本将棋連盟の運営に回る棋士も出てきた。将棋界は棋士自らが運営をしており、プレーヤーでありながら、理事として運営に携わる者がいるのが特徴である。

2016年に将棋界では「将棋ソフト不正使用疑惑」が起こり、時の谷川浩司会長を始めとする理事たちが辞任に追い込まれた。緊急事態の中、会長職に就いたのは佐藤康光だった。トップ棋士としての強い責任感で、火中の栗を拾いに行ったのである。プレーヤーとしての時間が削られることは言うまでもなく、覚悟と信念を感じたものである。

そして2017年の理事選に森内俊之が出馬して当選。ナンバー2の専務理事になったのだが、この直前に森内は自らフリークラスに転出をしていた。フリークラスは順位戦を指さない(それ以外の棋戦は指す)。よって順位戦を勝ち上がることによって挑戦できるシステムである名人に復帰することはなくなったわけだ。

永世名人の森内にとっては重大な決断である(森内は2019年の理事選には出馬しなかったが、自らフリークラス転出を決断したため、もう順位戦に戻ることはない)。

佐藤はいまも各棋戦で奮闘し、順位戦もA級で戦っているが、さすがに会長職との両立は大変そうだ。棋士と集まって練習将棋を指す「研究会」をしているのかと尋ねたところ、「やる時間はなかなかとれませんね」と苦笑していた。将棋界に山積する問題の前に、将棋の勉強どころではないのだろう。

羽生世代の中では郷田は気を吐いており、2019年には棋聖戦の挑戦者決定戦に進出した。渡辺明に敗れて48歳でのタイトル挑戦はならなかったが、それでも各棋戦でよく勝っている。

実は無冠になった羽生も黒星が重なっているわけではなく、2019年に入ってNHK杯で優勝したし、6月には王位戦の挑戦者決定戦に進出した。通算タイトル100期が懸かるだけに、タイトル戦に出場なるか大きな注目を集めたが、木村一基(1973年生)に敗れた。

2019年度はまだ始まったばかりだが、このままだと羽生世代の棋士たちが31年ぶりにタイトル戦に出ない年度になる可能性があるのだ。間違いなく言えるのは、50歳を間近に控えた羽生世代が大きな転換期を迎えているということである。

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