いま将棋界で起きようとしている「31年ぶりの一大事」

羽生世代が迎えた「大きな転換期」
大川 慎太郎 プロフィール

同学年の永世名人

羽生世代の棋士を知ってもらったところで、彼らがどれくらい圧倒的で稀有な存在なのか、2つの例を挙げてみたい。

将棋界には「永世名人」という称号があり、現在の実力名人制の規定では、1年に1回行われる名人戦で、名人位を通算5期獲得した棋士が襲位することを許される。

 

一世名人は初代大橋宗桂で、1612年に名人位を名乗った。このとき江戸幕府から俸禄を与えられており、これが将棋のプロ制度の始まりと位置づけられることが多い。以後、1825年に十世名人に就いた六代目伊藤宗看までは、江戸時代の将棋指しの家元の第一人者が名乗った称号である。

だが江戸幕府が崩壊したことにより、家元制も消滅した。明治、大正、昭和の初期の名人位は、将棋界の実力者が推挙されて名乗った名誉称号という意味合いが強い。十一世名人の八代目伊藤宗印、十二世名人の小野五平、十三世名人の関根金次郎がこれに当たる。

そしていよいよ実力制の時代がやってくる。毎年、挑戦してくる棋士に勝たなければ名人を名乗れないガチンコの時代だ。

十四世名人の木村義雄(1905年生)、十五世名人の大山康晴(1923年生)、十六世名人の中原誠(1947年生)、十七世名人の谷川浩司(1962年生)。ここまでは世代がキレイに分かれている。各永世名人の生まれ年を見ただけで、世代交代があったのだろうと推測することができる。

だが──。

十八世名人は森内俊之、十九世名人は羽生善治なのだ。前述したように、二人は同い年で、しかも誕生日はわずか2週間しか違わない。

さらに言えば佐藤康光と丸山忠久は永世名人ではないが、それぞれ名人を2期ずつ獲得している。

私は羽生が十九世名人の資格を得た瞬間、対局室にいた。新聞の観戦記を担当していたためだ。2008年のことである。これ以降、永世名人は存在しない。二十世名人はいまのところ誕生する気配すらない。1988年生まれの佐藤天彦が3期獲得していたが、2019年に豊島将之(1990年生)に敗れている。

将棋界約400年の歴史で、家元制の時代を含めても永世名人は19人しかいない。そのうちの二人が同い年というのは、果たしてどれだけの確率なのだろうか。

驚愕のタイトル独占

棋士の格とは何だろうか。

九段、八段などの段位? もちろん1つの目安ではあるが、正確に表せているかというとそうではない。昇段の資格に「勝ち星昇段」がある。例えば八段から九段に上がるのには公式戦で250勝が必要だ。

もちろんこれも立派な記録なのだが、誤解を恐れずに言ってしまうと、それなりの実力があれば、やっていればいずれは到達する、ということになる。一度積み上げた勝ち星が減ることはないからだ。

ズバリ、タイトルの獲得数と棋戦の優勝回数がその棋士の実績であり、実力ということになる。新人棋士に目標を聞くと、「タイトル獲得」と答えることが多い。棋士は皆、このタイトルを獲得するために、汗と涙を流しながら将棋盤に向かっているのだ。

タイトルは現在八つあり(序列順に竜王、名人、叡王、王位、王座、棋王、王将、棋聖)、叡王は2017年度の第3期からタイトル戦に昇格した。つまり羽生世代の棋士たちは長らく七大タイトル戦を争ってきたことになる。

羽生世代の棋士が初めてタイトル戦に出場したのは1989年度の第2期竜王戦(19歳の羽生が島朗に勝って、初タイトルを獲得した)。そして現状、最後に出場した2018年度の竜王戦までちょうど30年となる。

この間、タイトル戦は210回行われているが、前述した羽生世代の棋士がまったく絡めなかった勝負はわずか35回しかない。そして出場した175回のタイトル戦で羽生世代の棋士が勝てなかったのは、39回だけだ。全体の約8割3分のタイトル戦に出場し、そのうちの約8割を勝ってきたのだ。勝負の世界でこれはとんでもない数字である。

目の上のたんこぶである先輩の存在、そして若き後輩の追い上げももちろんあったが、それらをことごとくなぎ倒してきた。他の世代に付け入るスキはほとんどなく、先輩では谷川浩司、後輩では渡辺明(1984年生)が互角、時にはそれ以上に戦ったくらいだ。

タイトル獲得数は多い順に羽生が99期(歴代1位)、佐藤が13期(歴代7位)、森内が12期(歴代8位)、郷田が6期、藤井と丸山がそれぞれ3期である。210期のうちの99期を持っているのだから(約半分!)、言うまでもなく羽生の実績が突出してはいるが、それでも6人で計136期というのは凄まじい。

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