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# 坐禅 # 宗教 # 仏教

真に目指すべき坐禅の心とは?

「七色の後光」ではなく「木や石の置物」へ
この度上梓した講談社現代新書『仏教入門』の帯には、私の坐禅姿を撮った写真が使われている。帯と言っても、その幅が本全体の3分の2以上あるのだから、ほとんど表紙である。
気恥ずかしいことこの上ないが、出家以来およそ35年、その前の真似事まで含めれば、およそ40年弱、坐禅をしてきた果ての坐相(坐禅の姿形)がこれかと思うと、いささかの感慨もある。
そこで、ここに幸い場を得たので、来し方の坐禅について思い出すことなど、いくつか書いてみたい。

痛みに耐えて「結跏趺坐」を組む

曹洞宗では、坐禅する場合、正式の足の組み方を「結跏趺坐(けっかふざ)」と言う。まず右足を左の腿の上に乗せ、次に左足を右の腿の上に乗せ、足を交差させて、両膝とお尻の3点で上体を支え、安定させるわけである。

大本山永平寺に入門したとき、私はこの結跏趺坐ができなかった。在家で禅寺に時々出入りしていた頃は、「半跏趺坐(はんかふざ)」と言って、左足だけ右の腿の乗せる形でしのいでいたのである。その半跏でさえ、ようやく30分持ちこたえられるにすぎず、結跏の激痛は、まず15分と耐えられなかった。

 

したがって最初のうち、永平寺で行う1回(「一炷(いっちゅう)」と言う)40分の坐禅は、目が眩むような苦行であった。

ところが、古参和尚は容赦なく、大音声で「結跏が組めないような者は下山だあ!」
などと脅迫するものだから、新参者の我々は必死にならざるを得ない。

中には紐で足を縛って臨む悲壮な者もいたが、私の足は細い上に長めである。それでもこれほどの激痛なのは、要は慣れないからだろうと思って覚悟を決めた。

それからは、周囲の空気が動くどころか何かの音がしても、それが過敏になった足を刺激して、脳天を下から直撃するような痛さだったが、私は耐えに耐えた。結果、ようやく1年目の終わり頃に、40分を結跏趺坐で坐りとおすことができるようになったのである。

アメリカでの修行で見えてきたもの

坐禅は、足がいかに痛かろうと、それによって呼吸が乱れない限り、坐禅として通用する。私の場合、足は痛くてもそれなりに安定した呼吸と坐相で坐れる自信がついたのは、すでに修業も4年目になった頃だった。

まさにその年の春、私は突然、アメリカ合衆国の禅センターに修行に出された。青天の霹靂である。後で聞いたところによれば、山内に「国際部」なるものを立ち上げる計画があり、その実務者を養成する一環らしかった。

しかし、当時の本人にはまったく見当もつかないことで、私は何がなんだかわからぬまま、飛行機に乗せられてしまった。

着いたところは、あろうことかミネソタ州の山奥、牛(近くに牧場)がいる、鹿がいる、熊もいる、ガラガラヘビも出るという、大草原の小さな寺、掘立小屋のような坐禅堂だけがあるところだった。

電気・ガス・水道なし。ランプと薪(台所のみプロパン)、泉からの湧水利用という、いきなり大昔に逆戻りしたかのような生活に、私は問答無用で叩き込まれた。