「大復活」天才・石川遼と、ライバル・松山英樹の知られざる物語

まだ勝負はこれから
週刊現代 プロフィール

「正直、彼らが中学生の頃は私も松山君の存在すら知りませんでした。石川は同世代のライバルうんぬんというより、すでに、いつプロの世界に打って出るかという状況でしたから……」(前出・吉岡氏)

'13年に本誌のインタビューに登場した松山は「その日から遼は格別な存在になりました」と振り返っている。

「遼を意識しないようにあえて意識しているというのが本心かな。遼は(飛ばすうえに)スイングが美しいんですよ。こいつすげえなって。

自分より常に先を行っている存在なので、追いかける立場の自分がライバルというのは違うかもしれない。プロになって少しは近づいたかなと思うけど、追いついたとは思えませんね」

 

天才・石川と努力の松山

では、石川のほうが松山の存在をはっきりと意識するようになったのは、いつ頃のことなのか。

それは'10年の10月、愛知で行われた日本オープンのときからだろう。

'08年に史上最年少となる16歳3ヵ月でプロ転向を宣言し、翌'09年に賞金王を獲得した石川は、すっかり時代の寵児になっていた。いっぽうの松山は、まだアマチュアとしての参加だった。

ところが、この大会で松山は石川に7打差をつけて3位に入賞している。

「(松山は)アマチュアだけど上手いとか強いとかでは片付けられない」

試合後、石川はこう語り、悔しさをにじませた。これが、常に世代のトップを走ってきた石川が、初めて松山を「ライバル」として認めた日だった。

その後も、石川は松山の先を走りつづける。'13年には「メジャー制覇」の目標をかかげ、米PGAツアーに本格参戦した。

松山はといえば、ライバルを横目に黙々と練習に打ち込み、石川に遅れること5年、'13年にプロ転向を宣言した。そして、このシーズンにいきなり賞金王獲得という離れ業をやってのける。

常に一歩先を行く石川と、それを猛スピードで追いかける松山。

テレビでもよく注目されてきたように、父・勝美さんのもとで幼いころからゴルフの猛特訓を重ねてきた石川には、いつしか「努力の人」というイメージが定着した。

対して、彗星のごとくプロの舞台に現れ、いきなり賞金王を獲得した松山は「天才肌」という印象が強い。

だが、二人を間近で見ているゴルフ関係者たちが抱くイメージは逆だ。