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「大復活」天才・石川遼と、ライバル・松山英樹の知られざる物語

まだ勝負はこれから

長く深いスランプの底から、石川遼が這い上がってきた。その原動力にはやはり、世界の第一線で闘っているライバル・松山の存在もあったに違いない。発売中の『週刊現代』では、中学時代からの長きにわたる二人の関係について特集している。

12年前の再現

「夢なのかなって思うぐらい、本当に長かったなと思います」

試合後、いつも白い歯を見せて笑顔を絶やさない男が、顔を紅潮させながら号泣していた。

7月7日の日本プロゴルフ選手権最終日、石川遼(27歳)は最終パットを落ち着いて沈め、黄重坤と競ったプレーオフを制した。その瞬間、石川は両手を大きく突き上げ、雄叫びを轟かせた。

実に3年ぶりとなる国内ツアーでの勝利は、奇しくも12年前、自身が国内初優勝を遂げたときと同じく、天候の影響で1日36ホールを回る強行軍の末に訪れた。

「きっと、いろんな想いがこみ上げてきたのだと思います。優勝の後で『勝ったね、おめでとう』とラインを送ったら『ありがとうございます。これで36ホールでの勝率は100%ですね』とおどけたような返信をくれました。

今回、最初は崩れたのに、後半の猛チャージで巻き返したところは、久々に彼らしさの出た勝ち方でした」(石川の杉並学院高校時代の恩師・吉岡徹治氏)

 

ちょうど同日、アメリカではPGAツアー・3Mオープンの最終日が行われていた。
この大会に出場していた松山英樹(27歳)は、課題であるパットがピリッとせず7位に終わった。

試合後、石川の「復活優勝」の感想を問われると、「別に何も思わなかったです。彼は実力がないわけじゃないので」と、ニコリともせずに応えた。

驚くわけでも、大げさに祝福するわけでもない。そっけないようにも思えるが、石川の本来の実力を誰よりもよく知る松山らしい反応だろう。

石川と松山。同級生の二人のライバル関係は、中学生時代にまで遡る。

最初に芽を出したのは、石川のほうだった。

'04年、1年生の時にそろって出場した全国大会。石川はすでに280ヤードを飛ばし、ゴルフ界の注目を一身に集めていた。対する松山はといえば、230ヤードを飛ばすのがやっと。力量の差は火を見るより明らかだった。