韓国政府が無視していた慰安婦の記憶が「問題化」した知られざる経緯

慰安婦問題②記憶の変化
キャロル・グラック プロフィール

誰が記憶に変化を起こしたか

クリス ソウルにある日本大使館でしょうか。 

グラック教授 それは後になってからですね。 

ジヒョン 元慰安婦たちの証言を取り始めた学者がいました。 

グラック教授 韓国人の学者ですね。名前は覚えていますか? 

ジヒョン 名前は覚えていません。 

 

グラック教授 1980年代後半ですね。例えば梨花女子大学校の尹貞玉がセックスツーリズムの問題に関連して、慰安婦についての研究を発表しました。 

スペンサー 日本の学者もその研究をしていたと思います。ヨシミが重大な役割を果たしたことは知っています。 

グラック教授 歴史学者である吉見義明が慰安所への軍関与を示す資料を発見しましたが、彼はなぜその資料を探しに行ったのでしょうか。 

サトシ 河野談話がきっかけだったかもしれません。 

グラック教授 面白い視点ですが、少し違います。1991年に韓国の元慰安婦3人が日本政府に補償を求めて提訴したことを受けて、1992年に吉見が資料を発見し、翌1993年に自民党の河野洋平(内閣官房長官)が旧日本軍の直接的・間接的関与を認めた上で謝罪と反省を表明したという流れです。

いわゆる「河野談話」はそれ以来、大きな論争を呼んできましたが、なぜ彼はこうした談話を発表したのでしょうか。 自民党が慰安婦問題についてどうしても謝罪したかった、ということではないでしょう。何があったのですか。前回の内容から、記憶に変化を起こすのは誰だったでしょうか。 

「河野談話」とは1993年村山富市政権時代に当時官房長官をつとめた河野洋平氏の名で発表された「慰安婦関係調査結果発表に関する河野内閣官房長官談話」のこと。写真は2015年4月、河野氏が北京にて中国の李克強国務院総理と会談したときのもの Photo by Shigeru Nagahara - Pool/Getty Images

クリス 政治家ですか? 

グラック教授 慰安婦の場合は、違います。韓国政府は初め、慰安婦問題を無視しようとした、という話が先ほど出ていましたね。慰安婦が人々の共通の記憶に入ってくる前の1990年代初めにさかのぼってみましょう。慰安婦を「問題化」しようとしていたのは、日本政府や韓国政府だったでしょうか。 

コウヘイ メディアでしょうか。新聞とか?

グラック教授 メディアは、起きたことを積極的に報じてはいました。では、報じられるような行動に出ていたのは誰だったでしょうか。

スコット 利益団体ですか? 

グラック教授 そうです。そういったグループを何と呼んでいましたか? 

数人 「記憶の活動家」