大人を信用できない子どもたち

教育虐待に限らず、虐待を受けて育った子どもたちは大人を信用していない。シェルターの大人たちは殴らないし、蹴らない。それでも「大人がこんなに優しいわけがない。そのうちこの大人たちも自分を見捨てるぞ」と思う不信から逃れられない。 

それまでも、学校の先生や友達の親や近所の大人が「大丈夫?」と心配してくれたことはあった。でもそういうひとたちも、そこまで徹底的に寄り添ってはくれない。そういう経験を何度かすると、世の中のすべての大人に対して期待をしなくなってしまう。 

それで、シェルターに来てしばらくすると、子どもたちはまったくの無意識から、大人たちを試しはじめる。噓をつく、暴言を吐く、拒食する、ひきこもる、不眠を訴える、リストカットをしてみるなど。そうやって、優しそうに見える大人たちの本気度を確かめるのだ。

もっとやっかいなのは、複数のスタッフそれぞれに別のスタッフの悪口を言うケースだ。 そうやって、一枚岩に見えるスタッフの人間関係にひびを入れる。すると未熟な大人は「私 だけがこの子を守ってあげられる」と勘違いする。そうやって大人をコントロールしようとするのだ。 

「出て行け」は「死ね」と同じ意味

巻き込まれてしまった大人は翻弄される。その大人に無理を言い、自分の要求が認められないと、「やっぱりあなたも私を見捨てるのね」という伝家の宝刀で脅す。くり返すが、これらはすべて、自分を守るため、安心したいために無意識的に行われるテストなのである。

カリヨンを始めたばかりのころ、実際にそういうことがあった。そこで坪井さんはその子に直談判した。「もうやめて。このままではスタッフみんながだめになってしまう。カリヨンを存続できなくなる。そんなことをしなくても、みんなあなたのことを見ているから大丈夫だよ。誰もあなたを見捨てないから」と伝えた。

するとその子は「なんで出て行けって言わないの?」と坪井さんに突っかかってきた。坪井さんは目を見開いて言い返した。「あなたさ、どっこも行くところがなくなって、 カリヨンにたどり着いたんだよね。そのあなたに『出て行け』って言ったら、それは『死ね』って言ってるってことじゃない。私たちはね、子どもの命が守りたくてこのシェルターをつくったんだよ。口が裂けても『出て行け』とは言わないからね!」。 

子どもは、「うわー!」と大声をあげて泣き出した。「『出て行け』って言われなかったのは初めてだよ」とその子は語った。それから彼女は本当の意味でカリヨンのスタッフに心を開くようになった。 

「その子がどれだけ辛い人生を歩んできたことか。子どもに『出て行きなさい』は絶対に言ってはいけないのです。そう思うのなら親が家から出て行くべきです。親は家を出ても死にませんから。でもこれは氷山の一角だと思います。世の中には同じくらい辛い思い、もしかしたらもっと辛い思いをしている子どもがたくさんいます。その現実をみなさんに知ってほしい。だから私はこうやって話します。それが知ってしまったひとの使命だと思 っています」

ルポ 教育虐待 毒親と追いつめられる子どもたち』(ディスカヴァー携書)
「本書の目的も〝悪い親〞を糾弾することではない。重要なのは、何が彼らをそこまで駆り立ててしまうのかに視野を広げることである」――2015年に毎日新聞社から刊行した『追いつめる親』から大幅に加筆修正。教育虐待はなぜ起こりうるのか。そして親は、子はどうしたらいいのか。具体例とデータとともに、長く教育の現場を見続けてきたおおたさんならではの分析がなされた一冊。