「落ちこぼれ」を生み出した詰め込み教育

美千代さんが中学生だったのは1980年前後のことである。「戸塚ヨットスクール事件が起きたころ」といえば、 40歳以上なら当時の世相を思い出せるのではないだろうか。1970年代、「新幹線授業」とも呼ばれる学習指導要領による学校教育が実施されていた。

戸塚ヨットスクールは「非行や引きこもりの子どもたちを矯正する」という触れ込みで注目を集めた愛知県のヨットスクール。訓練中に生徒が死亡したり行方不明になったりということが明るみとなり、1983年に校長以下15名が逮捕、校長やコーチが有罪判決を受けた(写真のヨットハーバーは事件と関係ありません) Photo by iStock

急成長する経済界で活躍できる即戦力人材を育成するために極限まで学習内容を増やし、「詰め込み教育」とも呼ばれた。小学校で7割、中学校で5割、高校で3割の児童・生徒しか授業についていけない状況を招き、「七五三教育」と揶揄された。「落ちこぼれ」という言葉が登場したのもこのころだった。 

「校内暴力」という言葉が社会現象となり、その反動として、生徒たちを押さえつけるための「管理教育」が流行した。その世相のなかで 1979年、テレビドラマ「三年B組金八先生」が始まった。

「詰め込み教育」「管理教育」「戸塚ヨットスクール事件」のあと、規律で生徒たちを縛りつける指導や体罰は敬遠されるようになった。そういう指導に対する社会的視線も厳しくなった。逆にいえばそれ以前は、「叩いて教える」「悪いことをすれば殴る」「罰を与えて子どもを管理する」という教育的思想が当たり前のように信じられていたのだ。「50 人学級」などが存在した時期である。少ない教員で大勢の生徒を束ねるにはそれがいちばん効率的だった。

美千代さんの家庭教師である徹さんは、まさに「詰め込み教育」の勝ち組だった。しかしいくら大学生でも教えることに関しては素人だ。自分の経験則に基づいた教え方しかできない。

実は私にも身に覚えがある。学生のころ、アルバイトで家庭教師をしていた。いま思えば未熟そのものだった。自分と同じ勉強方法を教えているのにどうしてできないのかがわからなかった。別の教え方、導き方を知らないからだ。それが、特別に研修を受けたこともない素人が家庭教師をする恐ろしさだと思う。