人生で経験したことがないほど臭い
そこはかとなく、車内に臭気が漂った。
あれ、ディボゴやってくれたか?と思ったが彼にはそんな素ぶりもない。自分が気づかぬうちに放屁したかと勘ぐったが、ふと思って窓を少し開けると、この世のものとは思えないニオイが目と鼻を突いた。
それはあまりにも凶猛で、実際僕はその匂いの色が見えた。うっすらと黄土色をしたニオイの粒子がわずかに開けた窓の隙間からするりと入り込んで充満したのだ。
それほど、これまでの人生で経験したことがないほど、臭いのだ。
臭気で満たされた車は速度を落としてなお進む。運転手も正確に場所を知らないらしい。当然、標識も案内板も存在しない。
ニオイは強まる。しかしゴミらしきものは見当たらない。
通りをノロノロと走っていると、道の左手にゴミがいくつも落ちているのが見えた。
「ここだ」とディボゴの声が聞こえて視線を上げると、左手に伸びる道に突然大型のダンプカーが幾台も止まっている。
そしてその奥に、はるかにそびえるゴミの大山が鎮座していた。

カメラの録画ボタンを押して、車を降りる。もうここからは録画を止めることはない。
全身を臭気に包まれる。
ホテルに戻ってもしばらくニオイは取れないだろうな、と思った。
ロケには着替えを持って来ていないから、1週間は同じ服を着続ける。このニオイが染み付いたままじゃ飛行機も乗れないだろう。
一歩進めば進んだ分だけニオイが強くなっていく。他のメディアでなかなかこの場所を見かけなかったのはこのニオイが原因だったのではと思わせるほどだ。涙が出るほどのアンモニア臭。そして嗅いだことがなくて識別できない何かのニオイ。尋常ではない。
驚いたことに、入り口付近に10人ほどの西洋人がいた。
揃いの制服を着て、足元のゴミを示しながら現地のケニア人たちに何かを話している。
クリップボードを持っている姿からして、いかにもどこかの慈善団体か研究者チームだ。
何より違和感を漂わせているのは、彼ら全員がつけている、真っ白くて巨大なマスクだった。
僕らが花粉症の時にするような生ぬるいマスクではない。
プラスチックの覆いがついた、立体的な、何層にもなった、いかにもきれいな空気しか通さないぞという固い意志が張り付いたあのマスクだ。そのマスクがここでは実に潔癖で禍々(まがまが)しく見える。
マスクの集団を横目に、僕とディボゴはゴミの山の奥へと進んで行く。
アジア人が現地人と二人きりでいるのが珍しいのか、白いマスクが一斉にこっちを向いた。