夜、床に着いてしばらくすると咳が出る。
体を起こして水を飲み、気管を濡らして横になる。
しばらくはごまかせたイガイガも、ものの数分で猛烈な痛みに変わり、僕は再び目を覚ます。それを幾度となく繰り返すうち、クタクタになって浅い眠りに落ちる。
朝、目覚ましが鳴るよりずっと前、咳と同時に目が覚める。
たかが咳で僕の睡眠時間はわかりやすく削られてゆき、健康状態も漸次劣化していく。
これがもう、2週間続いている。
風邪じゃない。
熱も鼻水もないし、腹痛も関節の痛みもない。ただ、咳だけ。
原因は明らかだった。
僕は数日間、「スカベンジャー」と時間を共にしたからだ。

「スカベンジャー」とは何者か
アフリカ東部に位置するケニア共和国は、人口約5000万人の大国だ(アフリカにおいては、人口1億人を超えるのはナイジェリアだけで、他のほとんどは5000万人にも及ばない)。
その首都ナイロビはアフリカを代表する経済都市ではあるが、観光客がこの街に長く滞在することはあまりない。
観光の目的は大概、どこまでも続くサヴァンナを駆けるシマウマやキリンにサイ。あるいはすさまじい迫力で川を越えるヌーの大群。百獣の王ライオンや、ヒョウなどの肉食獣は夜行性だからそう簡単には出会えない。
サファリシャツで着飾った西洋人やアジア人は、深い緑のサファリカラーをまとったトヨタ・ランドクルーザーに乗ってナイロビを通り過ぎていく。
この車をチャーターするだけで1日6万円はするし、自然保護区や国立公園では基本的に車から降りることができないのでサファリシャツは気持ちを高揚させる以外の意味を持たない。
けれど僕はしばらく、ナイロビを出るつもりはなかった。
僕が会いたいのはサヴァンナのサイでもキリンでもなく、ましてやライオンでもない。
僕はナイロビ東部にそびえるケニア最大のゴミ山「ダンドラ・ゴミ集積場」に暮らす、スカベンジャーに会いに来たのだ。