女性が「怒る」ことになぜ社会は不寛容なのか、その歴史的経緯

「感情史」の視点で考える
小野寺 拓也 プロフィール

一方で、女性はか弱い肉体に従属し感情に振り回されやすいので、芸術や科学ではたいした成果は上げられないとされた。

1890年代にある神学者は、女性は「直感に頼り」過ぎるため、教義や歴史の問題を分析する能力に欠けると主張し、法学では、女性は感情的で独善的なため判事を務めるに相応しい資質に欠けるとみなされ、医療では、女性は感情と頭脳労働を切り離すことができず、素早く判断することも重い責任をともなう強硬手段もとれないとされた。他方、看護や幼児教育、慈善事業、顧客サービスなどは、女性が生来持っている感性のために申し分ない適職だと見なされた。

ナチ体制もこの二分法を存分に利用した。男性は感情を抑え情念を支配し、必要であればおのれにも他人にも厳格であることができる機械人間であることが求められ、彼らの一部は有能な大量殺戮の道具となっていった。

一方女性や子どもはどのみち感情的であるとされたために、ヒトラーというカリスマ的な指導者への無条件の愛と崇敬を示すために、プロパガンダにおいて頻繁に利用された。腕を振り、花を投げ、歓声を上げ、涙を流す女性の姿は、ナチの宣伝における常套手段であった。

アドルフ・ヒトラー〔PHOTO〕iStock

変化してきた感情規範

だが長期的に見れば、こうした感情規範にも徐々に変化が生じつつあった。20世紀初頭から女性の社会進出が進み、さまざまな新しい挑戦や自由を経験できるようになっていったこともあって、以前のような男性との明確な違いが見いだしづらくなっていったのだ。

1908年の百科事典では、女性の顕著な「感動しやすさ」を強調していたのに対し、1932年版では、年配の女性はより感情的に反応するのに対し、若い女性が明晰で地に足のついた論理的思考を好むと書かれている。

 

そして1954年のブロックハウス百科事典では、女性の行動は男性に比べて感情に左右されるという長年の見解は「誤り」であると断言するに至っている。感情秩序の「平準化」は、着実に進行していたのだ。1970年代の第二波フェミニズムや「怒れる女たち」は、そうした変化の一つの到達点でもあった。

こうして「感情表現のルール」は、時代を追うごとに徐々に変化してきている。社会が変化し、人びとがその規範に異議を申し立てることで、感情規範もまた変化する

だが、ジェンダー秩序の根本が21世紀の今なお揺らいでいないからこそ、感情規範の性差に関わる本質的な部分は今でも変わっていない。女性が「怒り」をあらわにすることへの抵抗感もそうだし、他者に対する共感や優しさを示すことへの社会的圧力もそうである。