女性が「怒る」ことになぜ社会は不寛容なのか、その歴史的経緯

「感情史」の視点で考える
小野寺 拓也 プロフィール

感情の二分法

こうして男女には、次のような感情規範が振り分けられることになる。

男性は「創造的な精神」をもつため、理性や分析、考察、抽象化をする能力を重んじ、「冷静な判断」が可能であるとされた。一方で男性はある種の「厳しさや苛烈さ」を示し、共感や同情のような穏やかな感情ももつものの、たいていは「熱い情念」にとらわれるため、一見厳しく、人の悩みや苦しみに鈍感なように見えるとされた。

他方女性はセンシティブな性とされ、非常に感じやすく、あらゆる感傷や「自然な感情」に影響される。温かく共感し穏やかな優しさを与えることが女性には向いており、情け深く、したがって人当たり良く陽気でいることはたやすいこととされた。女性の神経はか弱く繊細であるため、強く深い感情への耐性が男性ほどないかわりに、男性にありがちな辛く陰気な感傷には陥りにくいとされた。

こうして1835年の百科事典では、「感じやすさ、興奮しやすさ、同情、忍耐と気高いか弱さが女性の感傷の源泉である」と書かれるようになる。

だが、当時の議論には混乱も見られた。1850年代の百科事典には、女性は「愛と恥じらいを体現し」、男性は「名誉」を体現する、「男性は怒りや苛立ち、憤怒に、女性は欺瞞や嫉妬、憂鬱に勝てない」という記述が見られる。ここでは、男性は怒りに容易に屈する、情動を調節できる能動的な性とはほど遠い存在として描かれているのである。

教育家カンペも1789年に、男性は熱く怒りっぽい気質を持つことが多いと記している。男女の感情の違いは生物学的な背景から説明できると思い込んでいた当時の知識人も、非常に多様で複雑な感情の世界を実際には扱いかねていたのだ。

 

「女性は科学に向いていない」

とはいえこうした男女に特定の感情を割り振る二分法はその後、さまざまな分野で援用された。

たとえば政治運動や革命は、つねに情熱と喧噪、暴力的な衝突に満ちた熱い議論をともなう。だからこそ強い情念をもつ男性だけが政治に関われるのであり、「温和で穏やかな性質」をもつ女性には向かないのだと。もし女性が政治に加われば「怒りに我を忘れ」、野獣に変貌するため、究極的には人類に対する脅威になると考えられた。

また女性に政治的な権利を認めることは、自然が定める天分と社会秩序を否定することと同じであり、健全で立派な女性はそうした激しい戦いに参加せず、夫や父親、兄弟に任せるべきであるとされた。