女性が「怒る」ことになぜ社会は不寛容なのか、その歴史的経緯

「感情史」の視点で考える
小野寺 拓也 プロフィール

その端的な例が「怒り」である。1827年のあるドイツ語の百科事典では怒りが、「腹立ちの情動の男性的で精力的な発露」として記述されている。作家フリードリヒ・シュレーゲルも、女性は「怒りについて無知だ」が、「気高い精神を持つ女性は怒ることはできる。すなわち男性的なのだ」と主張している。

つまり、怒りとは男性的な特質であり、女性のようなおのれのために力強く行動する能力に欠けたか弱い生き物には、怒りのような活発な感情は(一部の「気高い精神を持つ女性」を除けば)不可能だと考えられていたのである。

 

さらに、ここには感情のコントロールという問題も密接に関係していた。近世からすでに存在する流れではあるが、18・19世紀になるとヨーロッパ社会では情動の調節という問題が強い関心を集めるようになった。怒りに身も心も支配されるような人間は、無分別で粗野と見なされた。むしろそうした感情は、できるだけ自制する必要があった。

しかしこうした自律は成人男性にのみ可能であって、女性や子どもには意思の強さも規律も欠けているのだから、情動の加減は無理だと見なされていた。男性は怒りをコントロールできるのに対し、女性はいったん怒りに捕らわれればそれに翻弄されるしかないと考えられていたのだ。

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こうして、怒りは女性には不適切な感情とされるようになっていった。とくに、18世紀以降のジェンダー秩序では男性が能動的な性、女性が受動的な性とされたため、怒りのような活発な感情と女性の受動性は相容れないものとされた。

一方男性の場合には、確かに強く圧倒的な感情は抑えるべきであったが、悪徳に対する義憤、不正を退け「弱きを守る」ための怒りのような「崇高な怒り」なら、許されるどころかむしろ正しい行為であった。

こうして女性が「怒り」を表現することが社会規範と相容れなくなった結果、女性に残されたやり方は、「泣く」という行為であった。長くなるが、本書の記述を引用しよう。

ここでは涙は、絶望や悲嘆や悲しみを、つまり受動的で自己言及的で弱性と形容される情動をあらわしている。これは、女性をか弱く無力な存在とした19世紀的な通念とぴたり符合するものである。怒りのために涙が流されるとき、攻撃性は内に向けられ、ストレートに外に出されることはない。(略)
西洋社会の女性が、男性に比べて4~5倍ひんぱんに涙を流す(だけでなく、長時間シクシクと泣くという点でも異なる)という既定の事実は、生物学的な差異とはまったく無関係である。これはむしろ、社会規範や習慣や伝統を照らし出す、文化的な事象なのである。いわば学習プロセスの産物であり、遺伝的なプログラムがもたらしたものではないのだ。涙を流すための生物学的・神経学的器官には男女の差はないが、その使い方が異なるのである(本書101ページ)。