あの震災に直面してわかった「証券マンの役割とは何か」

東京マネー戦記【16】2011年3月
森 将人 プロフィール

日常と非日常

休んだほうがいいかもしれないと考えを修正したのは、日に日に彼女の顔色が悪くなってきたからだった。いつの間にか、限界を超えてしまっていたのだろうか。

「妻の体調が悪いので、しばらく休ませてください」

ぼくが篠塚部長に申し出たのは、週明けのことだった。

「大丈夫か?」

「旅行でも行ってこようと思います」

「帰ってきたら、マーケットも良くなってるかもしれない。今のうちに、ゆっくり休んでおけよ」

まとまった休暇を取っていなかったので、部長の許可もすぐに出た。

震災の被害者数は、日を追うごとに大きくなっていった。

死者は数千人に達し、1万人を超える行方不明者がいた。震災後の対応のまずさが被害を拡大させた側面もあるという。報道のトーンも、徐々に政府の対応を批判するものに変わりつつあった。

ぼくたちは、大阪と京都で数日間を過ごした。大阪城に行き、繁華街を歩き、京都の寺を回る。ありきたりのコースだったが、仏閣を見るのが好きな妻にとっては時間がいくらあっても足りなかった。久しぶりに楽しそうな表情をする妻に、ぼくも満足していた。

学生時代につき合いはじめた彼女とは、国内外に幾度となく旅行に行った。二人とも仕事で忙しかったが、子どもがいない時期が長かったこともあり、旅行のときだけはぜいたくをすることができた。

 

ちょっとしたトラブルが起きたのは、京都のホテルに移ったときだった。予定したはずの部屋が取れておらず、代わりに与えられた部屋は恐ろしく日当たりが悪いうえに狭かった。

「何で、こんなに狭いんだよ」

「観光客が多い時期だから、仕方ないんだって」

「それにしたってひどいよ」

「高級ホテルなら空いてるかもしれないけど、それじゃ嫌でしょ?」

「ホテル側のミスなんだぞ。こっちが金を払うのはおかしいだろ」

ぼくの強い口調に、妻は泣き出してしまった。決して妻に不満をいったわけではなかったが、彼女の精神状態に対する配慮が足りなかった。ぼくは予想外の反応にたじろいだ。

「そんなつもりじゃなかったんだ」

謝ると、ぼくは彼女を夕食に誘った。

一度機嫌が悪くなると、直るのに時間がかかるのは昔からだ。ケンカをしたら落ち着くまで、相手のいうことを何でも聞いてあげるのがぼくたちのルールだった。