あの震災に直面してわかった「証券マンの役割とは何か」

東京マネー戦記【16】2011年3月
森 将人 プロフィール

「死ぬかもしれないんだよ」

会社を飛び出したのは、17時過ぎだった。当時住んでいた千駄ヶ谷のマンションまでは、2時間ほど歩いた末にどうにかたどり着いた。

「ただいま」

妻が帰ってきたのは、23時を過ぎてからだった。玄関でブーツを脱ぐ姿を見て、ぼくはほっと胸をなでおろした。地震が起きて以来、はじめて聞いた妻の声だった。

「大丈夫だったか?」

「電車が動かなくて帰れない子がいたから、みんなで会社に残ってお茶してたの」

「心配したよ」

妻は地震が落ち着くのを待って、職場の友人と一緒に歩いて帰ってきたという。

「連絡できなかったから。ごめんね。お風呂入った?」

「ガスも切れちゃって、入れないんだ」

「えっ、そうなの?」

実際にはガスの電源が切れていただけだったが、電源の入れ方がわかったのは、翌日ガス会社に問い合わせてからだった。妻が不安な表情をぼくに向けた。

 

「明日からどうする?」

「どうするって?」

「原発があんな状況でしょ。いつ東京まで放射能が飛んでくるかわからないわよ。ずっとここにいていいのかな?」

「逃げ出すわけにはいかないだろ。仕事はどうするんだよ?」

「大阪とか、地方に拠点はないの?」

「あるけど、そんなに簡単な話じゃないよ。みんなが一気に出ていったら、会社が回らなくなる」

「私たち、死ぬかもしれないんだよ」

「そうだけどさ……」

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妻は、福島にある原子力発電所の事故を恐れていた。漏れ出した放射能が、東京まで流れてくるのは時間の問題だという。

かといって関西にも九州にも、ぼくら夫婦が生活をともにできるような知り合いはいなかった。二人だけで生きのびる道をさがすしかないという現実を、はじめて認識させられた。