落語パートが必要だった理由

 ここまで来て、最初は邪魔だとさえ思っていた落語パートが、必要不可欠だったことにやっと気付いた。スポーツと共に被災した人たちを笑顔にしたのは、それまでろくでなしだった若き日の古今亭志ん生、森山未来演じる孝蔵の落語だったのだ。

2011年の東日本大震災の時、多くの人たちが自分の無力さを痛感したことだろう。作家やアーティスト、スポーツ選手……、直接人の命や生活に関わらない職業に就いている人間は、特にだ。漫画家である私も、あの時悩んだ。「こんな時に、漫画なんて描いていていいんだろうか? 何の役に立つんだろう?」……と。だけど結局は、自分にできることを黙々とやり続けることしかできなかった。みんなそうだ。それでいいのだ。
 
私たちは何度も目にしてきた。スポーツや娯楽が、悲しみに打ち拉がれているいる人たちに笑顔や元気を与える様を。そして、ただ必死に生きている人たちの姿そのものが、他の誰かを励まし、勇気づけるのを。『いだてん』を観て、久しぶりにあの頃の気持ちを思い出した。

どんなに打ちのめされても立ち上がる人間のたくましさと同時に、『いだてん』には、時代の先駆者となった人たちの情熱と苦労が描かれている。日本のオリンピックの歴史を切り拓いた嘉納治五郎や金栗四三たちはもちろんだが、女子スポーツの先陣を切った女性たちの物語も、このドラマの大きな見どころだ。

「女子は運動なんてしなくていい」と言われていた時代に陸上選手を夢見たシマちゃんは、志半ばで震災の犠牲になってしまう。しかし、彼女の想いは日本初の女子オリンピック選手となった人見絹枝に受け継がれ、人見からまた、後世の女子スポーツ選手たちへと受け継がれていく。まるで、リレーのバトンを渡すように。

シマちゃんに感動したあまり、「#絵だてん」に折原さん自ら投稿 イラスト/折原みと@mito_orihara