私たちがまだまだ知らない「東京裁判」とは何だったのか?

傑作映画の修復版が公開される意味
栗原 俊雄 プロフィール

そうした補助資料をいかにうまく使っても、ストーリーの展開上どうしても裁判のフィルムを使いたいところはある。たとえば終盤近くのクライマックス、東条英機と米のキーナン主席検事のやり取りだ。

東条は弁護人の問いに対し、日本臣民は天皇の命令に従わないということは考えられない、という趣旨の話をした。この発言が事実ならば、戦争を始めたこと、戦時中の日本軍による残虐行為も天皇の意志ということになる。

昭和天皇の戦争責任に通じる、重要な証言だった。天皇免責の方針を固めていたアメリカにとって、きわめて都合の悪い内容だった。

逆に天皇の責任を問おうとしていた、ウエッブ裁判長は法廷にその発言を深く刻印すべく、「(東条の発言が)どのようなことを示唆するのか、分かりますね」と述べた。

キーナンは東条から、天皇の意志と開戦は関係がない、という趣旨の発言を引き出さなければならなくなった。ある工作をし、法廷で成功する。映画は二人のこうしたやりとりを克明に描く。

だが、実際にやりとりしているフィルムは見つからなかった。東条とキーナンが映るフィルムの中から、このシーンにもっとも近い場面の映像を探し出して組み合わせた。

ナレーターの俳優・佐藤慶の語りが、重々しいシーンにいっそうの臨場感をもたらす。こうした編集の妙が随所に光る。

 

「消された歴史」を再生

映画は歴史学上の価値も高い。たとえばアメリカ人弁護士、ブレークニーによる動議である。

法廷が日本の「平和に対する罪」を挙げたことに対して、「国際法は国家が国家利益の追求のために行う戦争を非合法としたことはない」と説く。法廷の言う「平和に対する罪」が「事後法」であることを鋭く指摘したものだ。

さらにアメリカによる広島への原爆投下に触れ、戦争は犯罪ではなく、したがって日本の指導者の戦争計画と実施を裁くことはできない、と主張した。日本の戦争指導者が裁かれるならば、アメリカの戦争指導者も裁かれることになる、ともとれる理屈だ。

ブレークニーは原爆の非人道性自体を批判したわけではないが、この時代、無差別爆撃の象徴とも言うべき原爆に触れることは戦勝国といえどもタブーであった。そのタブーを果敢に破り、被告弁護を展開したのだ。

しかし、この部分は、裁判速記録から削除された。歴史上「なかったこと」になりかねなかった米弁護士の発言をこの映画は再生させ、歴史に刻印した。