妄想が現実になる

半年後、男友達から突然メールがきた。「さっきGOMAと食事してたんですけど、のんさんのことを話したら会いたいと言ってるので、近いうちに一緒に食事に行きませんか」。驚いた。彼が事故に遭う以前からGOMAさんと友達だったことを知る。そして私もGOMAさんと友達になった。私の根拠なき妄想的直観が現実になった。

今年の5月末、友人たちとの食事会にGOMAさんもお誘いした。そこで7月に本を出版すること、絵に添える言葉を谷川俊太郎さんにお願いしたことを知らされた。谷川俊太郎さんといえば、お孫さんの夢佳ちゃんとは、彼女が十代の頃からの、年の離れた友達だ。ここでまた「繋がり」を感じた。

7月3日、詩画集『Monado モナド』(講談社)の刊行記念として開催された「GOMA展」初日、開催場所の新宿高島屋の美術画廊を夢佳ちゃんと一緒に訪れた。GOMAさんの絵の実物を目にするのは初めてだった。一歩、足を踏み入れた途端、そこにあふれていたのは光だった。そう、光としか言いようのない「気」だった。

開催中のGOMA展にて、中央のGOMAさんを囲み、左手に谷川俊太郎さんの孫の夢佳さん、右手に筆者の中村のんさん 写真提供/中村のん

絵を見ながらどうやって絵を描くのか質問したが、GOMAさんからは「わからない」と言う言葉しか返ってこない。時折意識を失い、そのとき脳裏に浮かぶイメージがあり、「描かずにはいられない」衝動にかられ、カンバスに点を打ち続けるのだと言う。「どうやって描くのか」はわからないけれど、これは意識を失う時に浮かんだイメージ、これは目が覚めた時のイメージ、ということはわかる。それをカンバスに表現するのだそうだ。

コンパスも使わず、下書きもなしに描かれるその絵を見ていると、「ピラミッド的ヒエラルキーの上位に神を位置するのではなく、曼荼羅的ないのちのネットワークを森羅万象とし、そこに八百万の神々の姿を見た」とされる先住民族たちの自然信仰をオーバーラップせずにはいられない。

下絵は一切ないままにこういう作品になる。「夜に咲いた朝顔」GOMA作/『Monad』より

当然ながら、アボリジニもその自然信仰を行ってきた人々だ。25歳のGOMAさんが、ディジュリドゥという伝統楽器に惹かれてアボリジニと縁をもったことと、「描かずにはいられない」衝動から、無限の点を打ち、その集合が織りなす世界を描き続けていることが関係しているのかどうか、それは誰にもわからない。