コンビニ最強から一転、セブン‐イレブンの「劣化」が止まらないワケ

鈴木敏文が去っておかしくなった
大原 浩 プロフィール

目先の利益の追求が悲惨な結果を招きつつある

つまずきは、2005年の3社統合に始まると思う。筆者は、この時、高収益会社のセブン-イレブンを親会社の都合で吸収合併し、株式を希薄化するという行為に憤りを感じた。これは、セブン-イレブンの株式を購入していた一般投資家に対する裏切り行為であるし、セブン-イレブンを手塩にかけて育てた鈴木氏の本意とも思えなかったからだ。

極めつけは、2016年の鈴木氏の「退任」である。

事の発端は、2016年2月15日に鈴木氏がセブン-イレブン・ジャパン社長の井阪隆一氏に対して退任を内示したことにある。いったん本人は了承したものの、その後、態度を変えたので、鈴木氏は3月に取締役候補の指名・報酬委員会を設置し、ここで社長交代を提案した。

しかし、当時のセブン-イレブンの業績が好調であったことから、同委員会委員を務めていた社外取締役の伊藤邦雄一橋大学特任教授及び米村敏朗元警視総監が反対する。

そのため、取締役会にかけたが、投票結果は賛成7票、反対6票、白票2票。結局、賛成が総数15票の過半に届かなかったため否決された

同日記者会見を開いた鈴木氏は引退を表明。「反対票が社内から出るようなら、票数に関係なく、もはや信任されていない」旨を述べた。賛成票の方が多かったのに潔く切腹するというまさに「武士の鏡」である。

社外取締役が「害多くして益なし」であることは、7月8日の週刊現代、井上久男氏による当サイト記事「『社外取締役』が、企業とこの国をダメにする」等でも述べられているが、本ケースでは創業家の視野の狭さも災いした。

前記記者会会見で、創業家の伊藤雅俊名誉会長との確執も示唆されたのだ。

7月2日に、クライスラーの元会長リー・アイアコッカ氏が亡くなり大きく報道されたが、彼が1978年に業績好調なフォード社を解任されたのは、創業家のヘンリー・フォード2世(創業者の孫)との確執が原因であった。

アイアコッカ氏がフォード自動車の花形として活躍することに、創業家の3代目のプライドを持つフォード2世が嫉妬したのは間違いないだろう。

しかしアイアコッカ氏は、フォード自動車を解任された後、つぶれかけであったクライスラーを見事に復活させ一矢を報いたのである。

鈴木氏の場合は、武士としての「二君に仕えず」の精神や、年齢から言って、ライバル会社に移らなかっただけでも幸いだ。

伊藤雅俊氏は、創業家ではあるが高齢であり、鈴木敏文氏のように「次世代」のビジョンを持たず、セブン-イレブンは自分が死ぬまで頑張ってくれればいいと思ったであろうことが、大惨事を招くことになる。

 

セブン&アイはガタガタになっている?

鈴木氏から無能の烙印を押され退任を迫られた井阪隆一氏が続投していることが、セブン-イレブンの最大の問題だが、一般的にも概ね4年で交代する雇われ社長は、自分の任期の業績を最大化するために、費用が先行する将来を見据えた大型投資は避ける傾向にある。

例えば、鈴木氏が行った大胆なPOSの導入も、莫大な費用がかかるにもかかわらず成果が現れるのはかなり先のことであり、4年単位でものを考えるような雇われ社長には到底できない決断であった。

ドラッカーは、「新規事業」と「既存の収益事業」は完全に分離すべきだと述べているが、それは既存の収益事業から見れば、「将来収益を生むであろう」新規事業は単なる金食い虫にしか過ぎないからである。

鈴木氏は、その両者を融合させて大成功させる傑出した能力を持っていたが、凡庸な井坂氏にそのような手腕があるはずもなく、「オムニチャンネル」をはじめとする鈴木氏の心血を注いだ「イノベーション」に関する情熱をじゃけんに扱い現在の状況を招いた。