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コンビニ最強から一転、セブン‐イレブンの「劣化」が止まらないワケ

鈴木敏文が去っておかしくなった

「7Pay」問題は人災である

「7Pay」の不正使用および、問題発覚後の責任者達の対応の不手際が取りざたされている。

特にセキュリティ分野を中心とした「7Pay」の欠陥は、突っ込みどころが満載だ。しかし、電子決済分野については筆者が執行パートナーを務める、人間経済科学研究所代表パートナーの有地浩が日本有数の専門家であるので、「7Pay」そのものについては、研究レポート「7pay騒動から学ぶべきはIDの大切さだ」などを参照いただきたい。

筆者は、この問題は、いわゆる「大企業病」に侵され、長期的展望を欠いたセブン&アイ・グループの経営陣によって引き起こされた「人災」だとみている。

「7Pay」の社長が「2段階認証」を知らずに記者会見でしどろもどろになり醜態をさらした。もちろんこの社長の資質には疑問符がつくが、そのような人物を「7Pay」の社長に就任させたセブン-イレブン、セブン&アイ経営陣の責任は重大だ。

しかし、それ以上に大きな問題が、セブン&アイ・グループの「劣化」である。

 

鈴木敏文のセブン-イレブンがグループを牽引してきた

セブン&アイ・グループのルーツは、イトーヨーカ堂にある。その名の通り、発祥は創業者伊藤雅俊の母親・伊藤ゆきの弟にあたる吉川敏雄が、現在の東京都台東区浅草に1920年に開業した「羊華堂洋品店」にある。

しかし、現在に至るまで、近年のセブン&アイ・グループの業績を牽引してきたのは間違いなくコンビニエンス・ストアのセブン-イレブンである。

セブン-イレブンそのものは1927年に米国で創業された。

日本での展開は、イトーヨーカ堂取締役の鈴木敏文氏が1973年に、周囲の反対を押し切り、セブン-イレブンを展開する米サウスランド社との厳しい交渉の末提携したのが始まりだ。株式会社ヨークセブン(のちの株式会社セブン-イレブン・ジャパン)を設立し、自らは専務取締役に就任した。

翌1974年に東京都江東区に第1号店「豊洲店」を開業したのが加盟店オーナーの山本憲司氏であり、その後40年間で店舗数2万の巨大企業に成功させたのは「実質的創業者」の鈴木氏の功績である。

もちろん、イトーヨーカ堂のグループとして支援を受けてきたし、鈴木氏も元々はイトーヨーカ堂の社員ではあったが、1991年には、経営不振に陥っていたフランチャイザーである米国サウスランド社を買収し子会社化している。

また、2005年にセブン-イレブン・ジャパン、イトーヨーカ堂、デニーズジャパンの3社で株式移転により持株会社・セブン&アイ・ホールディングス設立したが、これも当時の収益の状況を考えればセブン-イレブンによる他2社の救済という色彩がつよい。

つまり、鈴木氏が育て上げたセブン-イレブンの高い収益力が、周辺を潤してきたのである。