私はまるで母の所有物

成績の悪い子と遊ぶ約束をしたときには、「あの子と遊んではいけません。あなたまでバカになる。いま、この場で電話をして断りなさい」と命じられ、従うしかなかった。常にまわりの子どもと知佳さんを比較した。テストの点数で負けたとわかると、叱られた。 

「塾に通うほどの経済的な余裕はありませんでした。それで、塾に通っている子どもたち に負けたくないという思いが強かったのだと思います」 

一方、「どうせあんたはダメよ」が母親の口癖だった。知佳さんはそれをそのまま受け取った。自分は人一倍努力をしないといけない人間なのだと思い込んでいた。学校での成績は優秀だったが、まったく自分に自信がもてない。

「私はまるで母親の所有物でした。自分の人生ではなく、母親の人生を生きていました」 

父親は見て見ぬふり。知佳さんが助けを求めると、「ごめんな。大人になるまで我慢してくれ。大人になったらお母さんの気持ちもわかるよ」と言われる。ただし、両親の仲は、悪くはなかった。

体の震えが止まらなくなっても

幸い、学校は楽しかった。母親の恐怖から逃れられる唯一の場所だった。友達にも先生にも恵まれ、それが救いだった。家で「教育虐待」を受けているなんて、外ではみじんも感じさせなかった。 

中学2年生になると、学校の勉強に加え、英語検定、漢字検定、ピアノ検定のための勉強までさせられ、完全に知佳さんのキャパシティを超えた。体の震えが止まらなくなり、手にはいつも汗をかくようになる。頻繁にめまいもする。 

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「いま思えば、きっと自律神経失調症だったのでしょう」知佳さんが不調を訴えると母親は、知佳さんを病院に連れて行くどころか、「あんたはその程度の人間だったのね。これだけやってあげてるのに、残念よ」と吐き捨てた。このとき、知佳さんは気づく。

「このひとは、きっと私のことを思って叱ってくれているんじゃない。自分のために私を叱っているだけなんだ」

大学を出たら、家を出よう」。それが知佳さんの目標になった。