兵庫県西宮市から神戸市灘区を中心に明治末期から昭和初期にかけて芽生えた“阪神間モダニズム”というハイカラでモダンな生活文化。その洗練された空気を、〈デルフォニックス〉代表の佐藤達郎さんと一緒に、のんびりと散歩しながら味わってみました。

ライト建築が溶け込む、
洗練された芦屋の住宅街

大きく右にカーブを描く坂道と、その脇の印象的なブロック壁の建物。坂道の登り口には、長年この街を見守ってきただろう大松が2本、寄り添って佇んでいる。

「僕の憧れる阪神間モダニズムを象徴する風景がこの坂道なんです。派手さはないですが、なんとも豊かな気持ちになる」

そう話す佐藤達郎さんは国内外で愛されるステーショナリーメーカー〈デルフォニックス〉を立ち上げた人物。今回の旅は佐藤さんがSNSに投稿した、ある文章がきっかけで始まった。

「幼い頃に味わった、阪神間エリアの豊かな街並み。あの空気を、もう一度じっくりと味わいたい」

ならばと出かけた1泊2日の旅。御影から芦屋、そして夙川と、阪急沿線の街を歩いて巡ることにした。

芦屋の小高い丘に建つ〈ヨドコウ迎賓館〉。大谷石に施された古代遺跡を思わせる繊細な彫刻は、まさにライト建築。1918年にライトが描いた設計を基に、弟子の遠藤新らが完成させた。 ヨドコウ迎賓館 兵庫県芦屋市山手町3-10 ☎0797-38-1720

ここで“阪神間モダニズム”について簡単に触れておこう。明治末期から昭和初期にかけて、この一帯には次々と鉄道が敷かれ、大阪商人の郊外住宅地として急速に発展していった。新鮮な空気と豊かな自然を求めて富裕層が居を移し、西洋文化の影響を受けた邸宅や学校、劇場などを建設。ハイカラな生活が根付いていったのだ。1928年には丸尾長顕が小説『芦屋夫人』を発表。1933年には日本初のファッション誌が芦屋で創刊された。東京や大阪にはない、異国情緒漂うモダンな文化は、後に“阪神間モダニズム”と呼ばれるようになった。

丁寧に修復されたライト建築を堪能した佐藤さん。「この一帯の住宅地がいかに裕福だったかを物語る建築ですよね。ライト建築の中に和室があるのも面白かったです」

そうした空気に「そこはかとなく惹かれる」と話す佐藤さん。小学生の一時期を大阪・北摂の池田で過ごしたことも理由かもしれない。北摂もまた、阪神間モダニズムの東端として、上品な住宅街が広がるエリアだ。

「芦屋や西宮の住宅街には、スパニッシュ風の洋館があったり、立派な石垣が続いていたり、歩いているだけで十分楽しめるんです」

飾り棚や柱のレリーフ、照明のデザインなどが見所の応接室。天井近くに無数に作られた小窓は換気のためのもの。アメリカにあるライトの自宅兼事務所〈タリアセン〉にも見られる造りだという。

旅の最初に訪れた〈ヨドコウ迎賓館(旧山邑家住宅)〉は、そんな数々のお屋敷の中でも特に建築ファンを楽しませているひとつだ。設計は近代建築三大巨匠の一人、フランク・ロイド・ライト。1924年に竣工した邸宅だが、現在は国指定重要文化財として一般公開されている。芦屋川駅から六甲山に向かって10分も歩くと、小高い丘にライトが好んで使った大谷石の外観が見えてきた。

館長の岩井さん。模型を見ると傾斜地の高低差を生かして設計されていることがよくわかる。

ライトといえば、大地に平たく広がるプレーリースタイルの建築が有名だが、この敷地は六甲山麓らしい緩やかな傾斜地。その地形に沿って、建築は階段状に設計されている。

応接室の窓から望むのは大阪湾。晴れた日は関西国際空港から離陸する飛行機が見える。遮るもののない絶景。夜は神戸の夜景も楽しめる。

「本当に贅沢な立地ですよね。山と海のある、この風光明媚な土地に多くの人が惹かれたのも納得です」

食堂の象徴的な天井。西洋建築では、食堂は家族が集う場所として、厳格に設計されていた。

そして、世界的建築家の手がけた邸宅が、目立ち過ぎることなく周囲に溶け込んでいることも、この街の文化の深度を物語っているのかもしれない。芦屋の歴史の確かさを、早々に強く感じたのだった。

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PROFILE

佐藤達郎 Tatsuro Sato
瀬戸内生まれ。ステーショナリーメーカー〈DELFONICS〉の代表兼デザインディレクター。商品からショップ内装まで、トータルでデザインディレクションを行っている。

●情報は、2019年6月現在のものです。
※本記事内の価格は、すべて税込み価格です。
Photo:Norio Kidera Text:Yuka Uchida Edit:Chizuru Atsuta