「まだ終わりじゃないのよ」

しかし、ほっとできたのもつかの間だった。中学1年生の4月から、有名中高一貫校生御用達の進学塾に通わされることになった。「せっかく中学受験が終わったのに、なぜまた塾に行かなきゃいけないの?」と母親に聞いた。すると母親は「何言ってるのよ。まだ終わりじゃないのよ」と答えた。それも間違った考え方ではない。しかし何かが違う。母親の思いとは裏腹に、勉強への意欲はどんどん下がっていく。成績もみるみる落ちた。

自宅で、弟の中学受験勉強を見ている母親が「このままだとお兄ちゃんみたいになるわよ!」と言っているのが聞こえてきた。ナイフのように、晴男さんの胸に刺さった。 

中学3年の2学期にとうとう「部活をやめなさい」と言われた。反抗できない。部活の顧問には、怪我をしてドクターストップがかかったと嘘をついた。そこから晴男さんは荒れた。幼いころから勉強漬けにされ、勉強にはすでに強い嫌悪感を抱いている。せっかく熱中していた部活も取り上げられた。その状況で自暴自棄にならないほうがおかしい。 

母親に対して容赦ない暴言を吐くようになる。さすがに母親もその瞬間は絶句する。が、母親はまるでゾンビのように、何度でも晴男さんに襲いかかる。恐怖のあまり、晴男さんは母親の首を絞めたこともある。それでも母親は自分の態度を変えようとしなかった。 

すべてを捨てて独りで生きていく

高校1年の1学期の終盤、学校の教室内で盗難事件を起こして捕まった。先生からは、逃げた共犯の生徒の名前を言えと迫られたが、口を割るつもりはなかった。取り調べが続くなか、先生の隙を盗んで学校を脱走した。

家にもいたくない。部活もやめさせられた。学校でも居場所がなくなった。自分の身分がわかるようなものはすべて捨て、着の身着のままで夜行列車に乗り、札幌に降り立った。今度は家出ではない。学校をやめ、親とも縁を切り、身寄りのない世界で、独りで生きていくと決めたのだ。 

高校1年生のときに「独りで生きていく」と決めた背景には、居場所のないことが大きくあった Photo by Getty Images

駅の待合室で求人情報誌を眺めていると、「手配師」と呼ばれる仕事仲介人に声をかけられた。「住み込みの現場仕事があるよ」。実際には15 歳だったが、19 歳だと偽り、職に就いた。三食しっかり食べさせてもらえるし、布団で寝ることもできる。

「身分を隠して快活に振る舞い、見知らぬ大人のなかに溶け込んでいるのはなんだか楽しい体験でした。自分の力で稼いで生きているという実感を味わえたことも、誇らしかった。 一方で、いつまでこの状態を続けていけるのか、不安もありました」 

東京では当然「捜索願」が出されていた。家族も学校も必死で晴男さんを探していた。