村田諒太、再起戦前に誓った息子との「約束」

「有言実行します。見ていてください」

ボクシングはもうやめよう、そう思ったときもあった。しかし、この男はリングに
戻ってきた。まもなく、運命のゴングが鳴る。

<取材・文:二宮寿朗、撮影:福田直樹>

試合は、もうやりたくない……

人間、誰しも負けることはある。大切なのは、負けたその後ーー。

4月末、都内ホテル。

格段硬くもなく、澄んだ表情の村田諒太がいた。チャレンジャーとして臨むWBA世界ミドル級タイトルマッチ(7月12日、エディオンアリーナ大阪)の発表会見。半年前、プロボクシングの聖地ラスベガスの舞台でベルトを奪われた、ロブ・ブラント(米国)の隣でマイクをギュッと握り締めた。

これが最後の試合になるのか、村田をもっと見たいと言われるのかジャッジメントされる試合だと思っている

悲壮感とも高揚感とも違う。静かなる決意表明には、裏も表もない現在の村田のリアルが滲み出ていた。

プロ2度目の敗北はまったく別の味がした。2017年5月、アッサン・エンダム(フランス)との王座決定戦ではダウンを奪って押し気味に進めながら僅差の判定負け。逆に世間の関心を買ったことで、勝利以上の価値があった。

だが昨年10月の防衛戦は見せ場のない完敗。うるさく手数を出すブラントを攻略できなかった。このとき32歳。プロボクサーとして円熟期を迎え、勝てばミドル級のビッグネーム、ゲンナジー・ゴロフキン(カザフスタン)との対戦も噂されていた。期待値が高かった分、失望の声が広がった。

 

不思議と試合が終わっても悔しい気持ちが湧いてこなかった。試合はもうやりたくない、そう思ったんです

引退の確率は「98%だった」とのちに明かしている。だが日本に帰ってから「人生を振り返ったとき、あの試合が最後でいいのか」と自問自答が続いた。7歳の長男・晴道くんから「もう1回負けたらボクシングをやめてもいいよ」と言われたことも大きかった。

情けなかったパフォーマンスを、(負けて)嫌な気持ちを払拭したい

時間をかけながら答えを探し当てた。もう1回やる、そして勝つ。

ベルトを持っていたときのほうが、何だかずっと違和感があった。地に足がついていない非日常というか。“ゴロフキンと東京ドームでやりたい”とか大きなことを言っても、現実的な目標じゃなく夢うつつでした。そうなると本物のモチベーションにはなりにくかった