夏の定番「怖い話」がイマドキっぽく変化している深〜いワケ

怪異は人間社会を映し出す鏡だ
朝里 樹 プロフィール

「若者の貧困」が怪異に影響を及ぼした

逆に都市部で語られる怪談は、奇妙な姿をした怪物よりも、人間の死者が現れることが多い。よく語られる「事故物件」の話がその例だ。

人口が密集している都市部では、必然的に自殺や事件、事故が発生する数も多く、その結果、人が亡くなる物件も多い。そしてそう行った部屋では、きまって死者が怪異を引き起こすと考えられている。

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こういった考え自体は、現代どころか、平安時代にはすでにあったものだ。平安時代初期の貴族で嵯峨天皇の皇子であった源融(みなもとのとおる)という人物が、生前自分が住んでいた河原院という建物に死後も姿を現した、といった話が『今昔物語集』などに載せられた例などがあり、特段新しいものではない。

しかし、古代から近世にかけては死者の霊と同様に頻繁に現れた鬼や天狗などの妖怪は、近年の都会ではほとんど姿を見せない。そのような妖怪たちよりも、都市部では人間の死者が姿を見せるほうが圧倒的なリアリティを持って語られる。

さらに、若者の貧困化などの社会問題が組み合わさり、「家賃の安さに釣られて入居した物件が事故物件だった」「一度入居すると金銭的な問題でなかなか次の部屋を探しにくい」など、怪異から逃れられないギミックが経済的な面で語られるようになった。

これら世情を反映しているため、事故物件にまつわる怪談が数多く語られるようになったのだろう。

 

このように、怪異譚の語られ方は、色濃くその時代を反映する。かつて盛んに語られていた怪談でも、その怪談に必要なものが現実社会で廃れれば、おのずとその怪談も廃れる。一方で、手紙から電子メール、そしてSNSへと「不幸の手紙」系統の怪異が活躍の場所を移して行ったように、時代に適応していく怪異もある。そして、若者の貧困化や都市部への人口集中など、社会情勢そのものの影響を受ける怪異も多い。

怪異とは、言わば人間社会を映す鏡のようなものである。人間が社会生活を営む限り、その社会を反映した怪異たちが、日々生まれ続けるのだ。