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『民事裁判入門』を特別公開
瀬木 比呂志 プロフィール

いいかえれば、「法」は、さまざまなヴァリエーションの問題について一定の法的枠組みをもって公平、平等に対処し規整するものなので、その意味では基本的には「非情」な部分(普通の日本人にとっては「非情」と感じられるような部分)をもっている、ということだ。これは、近代法国家ならどの国でも同じことである。

もちろん、法は広い意味での正義や信義にかなうものであることも必要だ。だから、結論が不当なものにならないようにさまざまな調整の理屈があり、実際、そうした調整も行われている。しかし、近代法に基づく裁判が「日本的大岡裁き」とは明確に異なるのは、厳然たる事実なのである。

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『民事裁判入門』の書き方の特色

本書(『民事裁判入門』)の「プロローグ」、「エピローグ」、「拙著等ブックガイド」を除く一四章のうち上訴に関する章とまとめの章(最後の二章)以外の一二章は、民事訴訟の第一審の進行に沿って書かれている。本書が念頭に置いているのは主として地方裁判所の民事訴訟実務だが、簡易裁判所のそれも、基本的には地裁と大きく変わらない。控訴、上告については、第一審と比べて新しい部分はそれほどないので、第13章で簡潔にふれる。

書物の主タイトルは、一般読者にとっての親しみやすさ(なじんでいる言葉)という観点から、専門書的な『民事訴訟入門』ではなく、『民事裁判入門』としたが、文中では、訴訟の全体を指す場合には「民事訴訟」の用語を用いている。

もっとも、ただの入門書では読者にとっても(また、著者にとっても)意味が乏しいので、本書の執筆に当たっては、いくつかの工夫をし、以下のような特色を打ち出している。こうした特色は、先の「本書の趣旨」とも関連している。

① 僕の、裁判官としての三三年間の経験、学者(研究者。最初は兼業、今は本業)としてのそれに準じる期間の経験に基づき、また、民事訴訟法諸分野研究と併せての法社会学的研究の成果に基づき、民事訴訟実務を、実務と理論の両面から、さらに、必要に応じて法社会学的な考察をもまじえながら、解説する。

② 全体として、裁判官が、事案をどのように見詰め、またどのように判断してゆくのかの経過がリアルに理解できるように論じてゆく。これは、弁護士が事案をどのようにみながら主張立証を行ってゆくべきかとも、密接に関連している。

③ 記述を興味深くわかりやすいものにするために、なるべく多くの具体的な事例や実例を挙げながら説明を行う。教科書的な記述の単調さを避け、同時に読者の理解を深めるためである。

④ これはどの国でも同じことだが、前記のとおり、当事者本人(原告・被告)、また、一般市民と法律家のものの見方の間には「ずれ・溝」がある(専門家と素人の考え方、感覚の違い)。ことに、日本の場合には、欧米型近代法と明治時代よりも前の時代の伝統的な日本の法制度・法意識との間には大きな齟齬(そご)、食い違いがあったことから、この「ずれ・溝」は、実は、一般的に意識されている以上に大きい。

これは、それ自体一つの本のテーマとなりうる重要な事柄だが、本書の記述でも、折にふれて、この「ずれ」の問題について解説してゆきたい。

⑤ 各章の長さからおわかりのとおり、記述の密度は、章によってかなり異なる。一般的にいえば、その部分の内容が一般読者にとっても有用かつ興味のもてるものである場合には記述は厚くしてあり、より専門家志向の内容になる場合には、前者に比べればより簡潔にしてある。もっとも、書物の後半では、前半と比較すれば、専門的な記述がやや多くなっている。

読者にとってのメリット

次に、すでに少しふれた部分もあるが、読者にとっての本書のメリットを挙げておこう。この本を読むことによって何が得られるか、また、あなたが民事訴訟や法的紛争を経験することになった場合、そして、日々報道される民事訴訟、ひいては日本や世界で起こっているさまざまな法的紛争を理解する場合に、この本がどのように役立つかということである。

① 民事訴訟とその手続全般に関する一般的・具体的な理解が得られる。

実をいうと、比較的観念的な理論(欧米大陸型観念論哲学にその一つのみなもとがある)の理解を中核とする日本の法学を一通り学んだ学生でも、さらには、場合によっては法学者、いや、民事訴訟法学者でさえも、民事訴訟の実際をよく知らない、それについての知識や感覚を十分にもっていない、といったことが、日本ではよくある。その意味では、本書は、法学を学ぶ学生や法律家にも向けられたものである。