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あなたが法的紛争に巻き込まれたときに困らないために

『民事裁判入門』を特別公開
何気なく行ったインターネットの書き込み一つで民事訴訟を提起されるかもしれないのが、今の社会。もし、当事者として裁判に関わることになった場合、どのようなことに注意しておくべきなのか。訴訟において裁判官は何に注目しているのか。これまで『絶望の裁判所』『ニッポンの裁判』で、日本の司法の実態を明らかにしてきた元判事・明治大学教授の瀬木比呂志氏が、弁護士の選び方から高等戦術まで、裁判の奥義と核心を伝授する『民事裁判入門』(講談社現代新書)がこのたび発売される。発売にあわせて、プロローグを公開する(一部変更をしています)。

法的リテラシーとはどういうものか

この本(『民事裁判入門』)は、現代日本における民事訴訟実務の実際とそれを支える法的制度のエッセンス、また、広い意味での法的戦術の核心部分を、法学を学んだことのない一般読者にも理解できるように、できる限りわかりやすく、かつ正確、的確に解説する書物である。

また、本書は、広い意味での法律関係職種の人々、あるいはビジネスパースンまでをも含めた広範囲の読者の「法的リテラシー」を高めることを、もう一つの目的としている。

前者の趣旨は明らかだが、後者については説明が必要だろう。

そこで、まず、法的リテラシーとはどういうものかを理解していただくために、一つの事例を挙げてみよう。この事例が表しているのは、いわば、「人々の法意識と裁判・法学との間の『ずれ・溝』とその認識」という問題だ。

事例――ある社長が抱いた不信感

X社の社長Aは、社員Yを懲戒解雇した。使い込みが理由だ。そして、X(代表者A)は、Yの横領に基づき、民事保全の一種である仮差押えの申立てをした。仮差押えとは、本裁判前にYの財産の仮の法的拘束を求める申立てである。

Aは、受付係の裁判所書記官(以下、単に「書記官」という)に相談した上で、何日もかけて、報告書(陳述書)を書き、提出した。そこには、① Yが会計課勤務の職員であり、金銭の出納を担当していて金庫の開閉を行いうる立場にあったこと、② 過去一年間の帳簿類を検討した結果、計算上数百万円の不足が発生していると考えられるにもかかわらず、Yは、Aの質問に対して何ら明確な説明を行おうとせず、解雇に対しても特に異議は述べなかったこと、③ 調査してもY以外に疑わしい社員はいなかったこと、が記されていた。

しかし、その後の審尋(面接)の席で、担当裁判官Bは、Aにこう告げた。

「あなたの疎明(「証明」のより簡易なもの)は、横領の事実自体についてはともかく、Yが横領行為を行ったとの点、つまり、Yと横領行為の結び付きの点において、決定的に不足していますね」

「そんな……。それでは、裁判官は、Y以外に横領の犯人がいるとお考えなのでしょうか? 常識からすれば、Y以外にありえないじゃないですか? 刑事裁判については、私も、教養課程の法学の授業で『疑わしきは罰せず』の原則を学びましたからまだわかります。が、本件は、民事で、しかもとりあえずの保全ですよ。今預金をおさえていただかなければ、Yは、明日にもどこかへ逃げてしまうではないですか?」

Aは、そう訴え、懇請した。しかし、裁判官Bは、考え方を変えてくれなかった。

「法律家の考え方は理不尽だ。常識に反している。そのために、悪事を行った者に味方する結果を招いている」Aは、そんな印象を抱いた。

どのような立証が必要なのか

これは、実は、裁判官だけの問題ではない。裁判官BをX社の顧問弁護士Bに置き換えても同じことなのである。法律家Bが常識人Aを説得する論理を展開できるか、Aの立場に一度は立ってみた上でAを説得して法律家の考え方を理解させることができるか、そして、Aのほうにも、それに耳を傾けるだけの忍耐力や柔軟性があるのか、が問題になっているのだ。