台湾にある「KUSOケーキ」

実はこれと同じような事態が、「クソ」にも生じている。日本語由来の「KUSO」という言葉が、違う意味とニュアンスを与えられた上で、台湾で日常的に使われているのだ。

あれはたしか、9年ほど前だったと思う。

台湾国内では有名なチェーンのコーヒーショップに入って飲み物とデザートを選んでいるとき、ケーキケースの中に、衝撃的な名称の商品を発見してしまった。

その名も「KUSO巧克力蛋糕」(”クソ”チョコレートケーキ)
フォンダンショコラ風の柔らかそうな生地から、とろりとチョコレートソースが溶け出ている商品だ。驚きのあまり、写メを撮りまくった。

夜、台湾人の友人ふたりと食事をすることになっていたので、早速「“クソ”チョコレートケーキ」の写真を見せた。

ねえ! これすごくない!?

ところが友人は、「え、なにが?」ときょとんとしている。いやいや、だって「クソ」ですよ。しかもチョコレートケーキ。ウケ狙いにしたってヒドすぎでしょ!

僕がどんなに訴えても、彼はいまいちピンとこないらしい。
すると、横でメニューの注文をしていたもうひとりの友人が、「ああ!KUSOね!」とわかってくれた。彼は、日本に留学経験があって、日本語の「クソ」の意味を知っていたのである。そして、僕に説明をしてくれた。

台湾の「KUSO」は意味が違った

なんでも台湾では、日本語の「クソやばい」や「クソゲー」、あるいは「クソかわいい」などの慣用表現とワンセットで「KUSO」という言葉が移入されたことによって、「KUSO=クソ=糞」とはならず、「ユニーク」、「どうしようもない」、「ありえない」といったニュアンスで「KUSO」という言葉が使われるようになったのだという。つまり、「“クソ”チョコレートケーキ」は、「ありえないような」「ユニークな」チョコレートケーキだ、ということになるらしい。

その日から注意して観察してみると、台湾のニュースやバラエティ番組、あるいは広告などで、「ありえない」「やばい」と近いニュアンスで「KUSO」という言葉が多用されていることに気がついた。

こちら台湾で人気らしい「KUSO PIZZA」

「言葉ってなんて面白いんだ!」と改めて思った。

「クソ」も「素晴らしい」も、言葉は常に変化しているし、更新されている。言葉を変化させ、更新するのは、なにも作家だけではない。市井の人々の日常の中でこそ、多くの言葉が生まれ、変化が起こっている。
「マヂ、ゃばぃょ」というような書式が、ひょっとしたら百年後には、「正しい日本語」になっているかもしれないのだ。

言葉は日々生まれ、変化しながら、次代に受け継がれてゆく。
そんなことに改めて気づかせてくれた、「クソ」な体験だった。
お食事中の方、チョコレートケーキを食べながら本稿を読んでしまった方には、心からお詫び申し上げたい。ごめんなさい。

小佐野さん初の小説『車軸』は、本記事とは真逆の(?)純文学。裕福な地方の家庭に生まれながら「今の生活は偽物」と思い続けてきた大学生の真奈美と、戦後成金の家に育ったゲイの潤。そしてホストの聖也との愛の物語です。この中にも小佐野さんが作り出した言葉も!