公文書とは何か…「薬害エイズ事件」の文書が与えた大きな影響

公文書問題30年史(1)
三木 由希子 プロフィール

公文書管理の基本はこうして生まれた

部会での検討の経緯を筆者の手元にある当時の部会資料をもとに見ていくと、1995年12月22日開催の第30回部会で配布されていた「これまでの検討結果の整理のためのメモ(案)」では、情報公開請求対象文書の範囲は、「決裁・供覧等の手続が終了したものを対象とする。(決裁・供覧等の概念が明確になるよう留意する)」とされていた。

1996年1月21日の第31回部会の会議でも、「決裁等の概念を明確にした上で、決裁等の手続が終了したものを対象とする」とした「情報公開法についての検討方針(案)」が資料として配布されていた。

その後、部会の下に設けた小委員会が同年1月26日から3月8日まで都合7回開催されている。1月26日付の検討資料では、「対象機関が文書の管理に関し定めるところにより管理しているものをいう」となっており、一定の管理がされている文書を請求対象とする案が検討されていた。

3月に入って2回開催された小委員会で、部会での議論とは異なる「行政文書」の定義案が示される。それが、「行政機関の職員が職務上作成又は取得した文書で、当該行政機関の職員が組織的に用いるものとして、行政機関が保有しているもの」だ。情報公開法や公文書管理法で定義されている「行政文書」と同じである。

この小委員会が開催されていた1996年2月に、厚生省で「郡司ファイル」が発見されていたわけである。

 

小委員会での検討を経た1996年3月22日の第32回部会で検討された「情報公開法要綱案(第1次部会案)」で、この「行政文書」の定義が示された。

これについて角田部会長は、「小委員会で議論した上で、結論としては現在の文書管理規程なり、それに定められている文書の範囲というものに乗っていくというか、その接点を見出す方向というものを捨て、この法律の趣旨・目的に従って情報公開法の対象となるべき文書の範囲を定めるという考え方に変更した」と述べている。

さらに続けて、「なぜ、そのような定義をしたかというと、情報公開法の趣旨が、政府の諸活動の公開性とかaccountabilityというところにあるわけであるから、それに最もふさわしい範囲の文書を対象とすべきであるという考え方に立ったわけである。(略)しかし、従来のように決裁とか供覧とかの形式的な文書管理規程にのっとった概念を捨て、行政機関において組織的に用いられるものとして保有していると言えるものを捉えたということに、変わってきた点が見出せると思う」とも述べた。

一定の管理がされている文書を請求対象とするのではなく、情報公開法で請求対象の範囲を定めて、それに該当するものは行政文書として管理するという発想に立つことになった。この考え方が、今に至る公文書管理の基本になった。