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「絶望的な方向音痴」のラノベ作家が、タイで迷子になって得たもの

まっすぐな道でないから楽しい

駅から家までの道で迷う

初めまして、高木敦史と申します。

私は2010年から小説家をやっており、主にライトノベルやいわゆる青春ミステリーを書き、あるいは児童向けの短編などを手がけたこともあります。

今回はご縁ありまして、この『現代ビジネス』にて連載を開始することになりました。こういったかたちで文章を発表するのは初めての経験で、何をどう、どのくらいやれるのか、あれこれ試行錯誤しながら進めていけたらと思っています。

 

作家としてのキャリアはもうすぐ10年目に入ろうという私ですが、デビュー当時から小説を書く上で一つの矜持としている言葉があります。それは『物語は移動である』というものです。たぶん大学生のときに先生か先輩か……でなければ友人から聞いた言葉だと記憶しております。誰の言葉か……正確な言い回しは………どんなだったか失念しましたが、とにかくそんな言葉です。

さておき、ここでいう『移動』とは、単にA地点からB地点に動くという物理的なものだけを指すのではなく、C状態からD状態へと心理的に移動することも含まれます。

前者については冒険モノやロードムービーなど、想像しやすいでしょう。では後者の心理的な移動とは何かというと、わかりやすい例としては恋愛モノが挙げられましょう。全く環境も立場も異なる二人が最悪な出会い方をして、その後ささいな出来事をきっかけにお互い気になる存在となり、次第に惹かれあって最後は二人で大きな試練を乗り越え、結ばれるまでの心の在り方の変遷は、まさに『移動』と言えます。

自分で小説を書く際にも、主人公たちの心理的な変化は重要視していますし、なるべく彼らにはあちこち動き回ってもらうように心がけております。面白い物語は物理的・心理的な移動が密接に絡み合い、その混じり合う中で生まれるのだと思います。

そんなふうに『移動』についていつも思いを馳せている私ですが、実はひとつ大きな問題を抱えています。そう、私はとんでもなく方向音痴なのです。

こう言うと、世の中には「私も」「僕も」と同調する方も多くいらっしゃるでしょう。しかし私は群を抜いていると自負しています。そんじょそこらの方向音痴とはレベルが違う、あるいは一線を画していると言って過言ではありません。

方向音痴には自信があります(Image by iStock)

私は福島県の郡山市で生まれ育ち、大学入学を機に上京しました。これが人生最初の大きな『移動』だったと思います。そして都内で何度かの引っ越し——小さな『移動』を繰り返し、気づけば東京に住んで20年以上が経過しています。

現在も都心と呼ばれるエリアにほど近い場所に住んでおりますし、さすがにそろそろ東京人を自称してもいいのではないかと思っておりますが、未だに油断すると新宿や渋谷の駅から外に出られません。

映画館に行くときも辿り着けないまま上映開始時刻を過ぎ、諦めて帰ったことは一度や二度ではありません。また学生時代には、引越しをしていざ新生活がスタートだ、というところで最初に必ず『駅から家までの道が分からない』という問題に直面し、やっと見つけたコンビニエンス・ストアで地図を買って何とか帰宅することが恒例となっていました。

大学生当時、私のカバンの中にはいつも小型の地図が入っていたものです。スマートフォンが普及してからは地図アプリを使うことで比較的滞りなく過ごせるようになりましたが、それでも何を勘違いしたか90度ずれた方向に一生懸命歩いては、遅刻を繰り返しております。

これは大問題です。自分は小説家で『移動が重要だ』などと豪語しながら、自分の移動はままならない。こんなことで説得力のある小説など書けましょうか。

というわけで、この連載は自分の方向音痴について見つめ直し、冷静に分析することで、自身の今後の作家としての指針を見出そう……というのがテーマです。内省あるいはリハビリといえるかもしれません。他の方にとって面白い読み物になるかはわかりませんが、出来るだけ楽しくお読みいただけるものを目指したく思います。