7月15日 ロゼッタ・ストーンの発見(1799年)

科学 今日はこんな日

地球のみなさん、こんにちは。毎度おなじみ、ブルーバックスのシンボルキャラクターです。今日も "サイエンス365days" のコーナーをお届けします。

"サイエンス365days" は、あの科学者が生まれた、あの現象が発見された、など科学に関する歴史的な出来事を紹介するコーナーです。

フランスのナポレオン軍がエジプトに遠征した際に、ナイル川河口のロゼッタで、古代の文字が刻まれた石碑の断片を発見しました。ロゼッタ・ストーン(Rosetta Stone)です。1799年のことでした。

この石碑は紀元前196年に作られた、プトレマイオス5世の勅命を記したもので、古代エジプトの聖刻文字(ヒエログリフ)と、民衆文字(デモティック)、そしてギリシア文字が記されていました。

【写真】ロゼッタ・ストーン
  大英博物館に収蔵されているロゼッタ・ストーン 拡大画像はこちら photo by gettyimages

ロゼッタ・ストーンは、古代エジプトの神殿の柱の一部だったものが、ローマ帝国の支配下で、キリスト教以外の宗教を禁じたため、神殿が閉じられ、ほかの建築物の資材として流用されたものと見られています。

同一の文章が3つの異なる文字を使って書かれており、これらの比較からヒエログリフの研究が飛躍的に進展することになった歴史的な発見です。広く人々の間で関心が高まり、その解読に期待が集まりました。

フランスはエジプトに研究施設を建てて、ロゼッタ・ストーンをそこに収蔵しましたが、1801年にイギリスの攻撃でフランスが降伏したため、ほかの考古資料とともにイギリスに渡り、現在は大英博物館の収蔵品となっています。現在では、本来の所有国として、エジプトも所有権を主張しています。

なお英仏は、ロゼッタ・ストーンの所有権のみならず、その解読でも激しく競いました。イギリスの物理学者トーマス・ヤング(Thomas Young、1773-1829)と、フランスの考古学者ジャン=フランソワ・シャンポリオン(Jean-François Champollion[仏]、1790-1832)が解読を進めましたが、最終的に完全な読解は、シャンポリオによって成し遂げられました。発見から約20年ほど後のことでした。

【写真】トーマス・ヤングとジャン=フランソワ・シャンポリオン
  トーマス・ヤング(左)とジャン=フランソワ・シャンポリオン photos by gettyimages