能力よりも興味を育てる授業で評判となり、『情熱大陸』でも取り上げられて話題の塾「探究学舎」(東京都三鷹市)。ここで4月から講師を務めている森田太郎さん(42)は元小学校教師。

大学時に紛争直後のボスニア・ヘルツェゴビナでサッカーによる民族融和を目指し少年サッカークラブを立ち上げ、サッカー日本代表のイビチャ・オシム元監督とも親交の深い異色の教育者です。「東京の公立小学校に型破りな先生がいる」と知る人ぞ知る存在でした。

学校教育と、新たな教育観の両方を知るタローさんだからこそ語れる教育エッセイ。
第1回目は「小学6年間ドリル白紙で教師に。進化の種は?」

「ああ面白かったぁ」という授業

ぼくらの授業は、大人をも熱狂させてしまいます。
都内の公立中学校で6月、「驚きと感動の種をまけば、子どもの心と体は成長する」という講演会でお話をしました。講演という名目でしたが、大部分は探究学舎で行っている授業を体験してもらいました。

行ったのは「算数発明編~君も算数が好きになる」

都内の公立中学校で講演する森田さん。保護者を感動と驚きの渦に巻き込んだ2時間だった 撮影/島沢優子

マヤ人やメソポタミア人がどんな数字を使っていて、どうやって今の数字になったのか。そのなかで最大の発見は何か。折々にさまざまな質問をして、保護者に考えてもらいました。

最初はどなたも挙手しなかったのに、終盤はどんどん意見を言ってくれるようになりました。
「はい、授業はこれでおしまいです」
僕がそう言うと、拍手とともに「えー、まだやりたい」とか「ああ、面白かったぁ」という声が聴こえてきました。教師冥利に尽きる瞬間です。

とはいえ、実際はもう教師ではありません。

13年間務めた小学校教員を今年3月に退職。現在は、探究学舎の講師として授業を行ったり、授業をつくるスタッフとして働いています。

なぜ教員を辞めたのか。

ひとつは、探究学舎代表の宝槻泰伸から誘いがあったからです。彼とは以前から交流があり、彼が民間代表、ぼくが公立学校代表で「どっちの授業が面白いか」などと競い合ったりして、よい刺激をもらっていました。

もうひとつの理由は、「人生は10年ひと区切り」であることを、ぼくの尊敬する人生の先輩たちが異口同音に伝えてくれたからです。

ぼくにとって初めての上司である藤原和博は、「3つのキャリアを掛け算して100万人に1人の人材なることが大切だ。人生の三角形をつくれ」と言いました。
尊敬するイビチャ・オシムさんを日本に連れてきた、フランスサッカーリーグのグルノーブル元社長だった祖母井秀隆さんも「人生は10年ごとに区切りをつけていくといいよ」と話してくれました。

そして、最も大きな理由は、探究学舎のコンセプトがぼくの人生そのものだったからです。

「驚きと感動の種をまくと、子どもは自分で動き出す」