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私たちが「新鮮なトマト」を食べられるのは、ある科学者のお陰だった

世界の食を変えた男の、数奇な人生

日常の風景になってしまい、いちいち立ち止まって「なぜ?」と考えないことが世の中にはたくさんある。某テレビ番組の言葉を借りると、私達は「ぼーっと生きている」。

なぜトマトは当たり前にスーパーで買えるのか……? そんな何気ないことにさえ、ちゃんと理由がある。

実は、私たちがいつでもどこでも新鮮なトマトを食べられるようになったのは、あるイスラエル人科学者のおかげなのだ。日本人には馴染みの薄いイスラエルだが、かの国は様々な分野で数多くの発見・発明を成し遂げ、世界を動かしてきたイノベーション大国。トマトもその産物のひとつなのである。

 

トマトは「弱い野菜」だった

ハイム・ラビノビッチ博士は、エルサレム郊外にある名門・ヘブライ大学の教授。いきなり余談になってしまうが、ラビノビッチ教授の朝は早い。私は8時にアポイントメントをもらっていたが、7時半にキャンパスに着いてしまった。そこで教授に連絡したところ、「分かった、分かった、今すぐに迎えに行く。入り口の門を背にして200メートル真っすぐ進むと曲がり角があるから、そこで待っててくれ」と念を押された。

世界的な権威がわざわざ迎えに来てくれることに恐縮しながら待っていると、教授が建物から出てきた。私が駆け寄ると「走らなくていいいよ、ゆっくり来なさい」と優しい言葉をかけてくれる。結局、教授は3時間もインタビューに付き合ってくれ、私がその後エルサレムに行く旨を話すと、インターネットでバスの乗り継ぎを調べ、市場の情報まで教えてくれた。79歳とは思えないバイタリティだ。

イスラエルは1948年に建国された若い国である。だから多くのイスラエル人は当然、複雑な来歴を辿っている。ラビノビッチ教授の曾祖父母はもともとロシアに住んでいたが、当時の皇帝のユダヤ人排斥政策のため、ベラルーシに移住。さらに祖父母は1907年にアメリカへと移住した。

教授は自らの家族について、こんな印象的な言葉を使って語った。”Only dumb fish swim against the stream(バカな魚だけが、流れに逆らって泳ぐんだ)”。流れに逆らって群れから離れると、大きな魚に捕食される危険性が格段に高まる。ただし流れに逆らう魚だけが、新たな世界へたどり着くことができるーー。

教授の家族も”fish against the stream”な人々だった。父親はアメリカで財を築いたが、不自由の無い生活を捨てて、1932年に現在のイスラエルの地に移住する(当時はイスラエルという国は存在しなかった)。そして教授自身にも、家族から受け継いだ”swim against the stream”の精神が宿っている。

さて、前置きが長くなってしまったが、トマトの話をしよう。私たちが現在食べているトマトは、スーパーに並んでいるときも色鮮やかで、皮がぱりっとして、冷蔵庫の中でも1週間は平気でみずみずしさを保っている。

しかし、昔はそうではなかった。トマトはもともと、摘み取った後は2〜3日で皮が柔らかくなり、ヘニャヘニャに萎れてしまう野菜だったのだ。

苦労するのは農家である。収穫後のトマトが、お店に並び、消費者の食卓に届くまでに熟れ過ぎてしまわないように、熟する前のまだ青いトマトを収穫し、出荷・流通の間に赤く熟していくように計算しなければならなかった。

しかし、それではトマト本来のおいしさや栄養を最大限に発揮できない。それでも、トマトは世界で8番目に商品価値の高い農産物であるとされていたから、この「トマト問題」については長年、多くの研究者が解決策を探っていた。