「処罰」しかできない現行法

嫌な予感は、2回目の逮捕後に的中する。治療できることをだれも知らないし、被害者から加害者を治療させたいと望んでも、現行の法制度では「ありえないこと」になってしまうのだ。私が処罰と治療の両方を求めたことが、警察にも検察にもどうしても理解してもらえなかった。

被害者にとって、加害者が「治る」ことは即ち再犯される危険を取り除く安全保障に他ならないのに、なぜか加害者を思いやっているかのように受け取られてしまう。なぜか。なぜそんなことになってしまうのか。つまるところ、被害者がどんな思いをしているのか、どれだけの不安を抱えて生きているのか、誰も知らないからだ。

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まずは、一部のストーカーは依存症の一種、つまり善悪の判断はつくので処罰の対象になるけれども、行動を制御できないという病気であり治療が必要であるということを、世間に広く知ってもらう必要がある。ただ罰するだけでは再犯は防げないこと、そして被害者がそのためにいかに苦しい思いを延々と強いられるのかも。

こうなったら書きたい、ではない。書かねばならない。法律や精神医学に話は及ぶのだが、専門的にならず(そもそも私自身がどちらの分野に対しても素人にすぎないが、取材を経て素人ながらも今後のストーカー対策や治療の問題点なども挙げさせていただいた)、多くの人が最後まで飽きずに読めるくらいにわかりやすく、読みやすく、書かねばならない。SNSの普及により、誰もが被害者にも加害者にも簡単になりうる時代となっているので、他人事で済まされる問題ではないことだし、どう対処すべきか、ストーカー対策の参考書にもなるようにもした。