痛感した「法の理不尽さ」

現代社会でストーカー被害に遭ったことがある、もしくは友人知人のだれかが遭ったと聞いたことがあるかと問われれば、ほとんどの人が首を縦に振るのではないだろうか。しかもその中にはごく一部であるけれど、凶悪化してターゲットを殺傷する事件まで確認されている。

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社会問題と呼んでも差し支えないレベルで起きるトラブルだと思っていた。だからこそ、いざ被害に遭ったらそれなりの機関にまでたどり着けば、双方納得できる(それがどういうものかも思いつかないままに)しかるべき解決方法がきちんと用意されているのだろうと漠然と思っていた。

それなのに、いざ自分が被害者になってみたら、ぼんやりした期待はことごとく裏切られた。できたばかりのストーカー規制法には時代の変遷に追いつけない不備があり、自分の被害には適用されなかった(※)。それでも警察も、検察も、既存の法律に当てはめて加害者を罰することに関しては、とても誠実に動いてくださった。

※事件が起きたのは2016年4月。ストーカー規制法は2017年の改正前、FacebookなどのSNSのダイレクトメッセージは「グループチャット」であり、1対1のやりとりではないとして、処罰の対象にしていなかった。

しかしそれも手続きが終われば終了となる。不起訴ならば釈放。起訴して実刑判決が出たところで、服役後は仮釈放期間の面談はあるけれど、満期になれば、自由の身となる。ちなみに示談をすすめるために間に立ってもらう弁護士も同じ。示談さえ成立すれば、無関係となる。刑法とは、法律とはそういうものと言われればそれまでなのだが、被害者の立場になってみると、これが実に理不尽この上ないものだった。

なぜかといえば、逮捕されたり裁判を受けたり、服役したところで、ストーカーはロックオンした相手への執着を消さないからだ。もちろんすべてのストーカーがそうなるわけではない。警察に注意警告を受けた時点で理性が戻り、ストーキングをやめる加害者が大半だという。しかし一部のストーカーは被害者が警察を頼ることで余計に逆上して執着/憎悪をたぎらせ、再び自由の身となったときにまた被害者へと向かっていく。

私の場合は、不幸なことに後者のパターンだった