30代で乳がんを患い、40代でゆるやかに生きようと身辺整理し、単身、小豆島へと移り住んだ、文筆家でイラストレーターの内澤旬子さん(『世界屠畜紀行』『漂うままに島に着き』他)。海を臨む家で、ヤギとともに穏やかな生活を送っていた内澤さんの生活はある日、一変した。

インターネットのサイトで出会い交際した男性が、別れ話をきっかけに豹変。絶え間ない電話、Facebookメッセンジャーで送られてくる脅迫的な内容のメッセージ、ネット掲示板に書き込まれる誹謗中傷……悪質なストーカーと化したその男性は前科があることから偽名を使っていたことも判明する——。

その衝撃的な事件の全容をまとめた最新刊『ストーカーとの七〇〇日戦争』には、ストーカー被害はいつ誰にでも起こり得る恐怖でありながらも、対策がいまだに未発達な分野であることが克明に記されている。

ストーカー被害者が自らの立場を明かして身に起きたことを書くリスクは相当なものだ。それでも内澤さんが書くことを選んだのは、根本的な対策がとられていない現状への危機感だった。そのことについて詳しく綴ってもらった。

気が付いたら、ストーカー事件の被害者だった

別れ話がちょっとこじれただけ、のはずだった。交際相手が別れを受け入れてもらえず、嫌気がさしてほんの一言、「これ以上しつこくするなら警察に相談……」と送信したわずか10秒後には、相手は激高、めちゃくちゃにしてやるなどと憎悪に満ちた脅迫メールがマグマの如く噴出し止まらなくなった。

とにかく落ち着いてもらおうと説得を試みるのだが、なにを言っても通じないどころか、私が発するどんな言葉も怒りの燃料にしてしまう。気が付くと私はストーカー事件の「被害者」になっていた。

〔PHOTO〕iStock

それらの被害体験をつまびらかにした『ストーカーとの七〇〇日戦争』を上梓した。怖くて辛かった記憶はとにかく忘れたいものだ。それを時系列順にきっちり思い出し、自分の取った対応で、なにが起きていくのか、どう孤立していくのかを再現した。

恐怖に呑まれて間違った対応もたくさんしたので、今思い出すと後悔で頭を抱えることも、恥ずかしくて人に知られたくないことも、なにもかも書き出した。そうせざるを得なかった。それにはいくつかの理由がある。