人文知を「絵空事」と呼ばせないために大学人が実践すべきこと

5年間雑誌を作り続けて体得したこと
東大教授2人に現代新書とブルーバックスの編集者3人がお題エッセイを無茶ぶりする「2×3」シリーズも、いよいよ最終回。
最後のお題は「絵空事」。水越伸教授は「空想的社会主義」と呼ばれた概念から、鮮やかに突破口を開いてくれました。

「ははは、それはジャーナリズムじゃないですから」

ジャーナリズムという言葉を聞くといつも思い出す光景がある。

1980年代半ば、東京大学新聞研究所の大学院に入った僕は、60年代に名を馳せたジャーナリズム論の先生のゼミに出席していた。

ある日のゼミで先生は学生たちに、「ところでみなさんは新聞ジャーナリズムのどこに興味がありますか」と尋ねられた。その時、教室にはたしか5〜6名の大学院生がいて、ナショナリズムと全国紙の関係、明治期ジャーナリストとしての福澤諭吉、テレビ・ジャーナリズムとの比較について、などと答えていたと思う。

僕は「新聞の販売店網に興味がある。新聞がどのように配られているのかを知りたい」という趣旨のことを話した。すると先生は「ははは、それはジャーナリズムじゃないですから」と笑われた。

僕は少しヘコんだ。当時の僕はデザイン事務所で仕事をしていて、バイクで通学してくる他大学出身の変わり者と思われていて、新聞ジャーナリズムについての無知をさらしてその印象を上塗りした感じだった。

しかし「それはジャーナリズムじゃない」と切り捨てられたことには、なにか割り切れないモヤモヤ感を抱いていた。

「インテリが作ってヤクザが売る」という、新聞業界の言い回しがある。進歩的知識人のホープだったこの先生は、インテリの部分しか考えてないのではないか。当時すでに業界の危機が叫ばれていたが、インテリだけでそれを克服できるのだろうか。そんなことをぼんやり考えていた。

雑誌『5』に近いことをやっているのは自民党

2014年に佐倉統、田中克明、松井貴子、宮田雅子、毛利嘉孝らと日英併用の独立雑誌『5:Designing Media Ecology』を立ち上げた。その年の7月におこなった創刊シンポジウムで文化社会学に詳しい毛利嘉孝がおもしろいことをいった。

「『5』に近いことをやっているのは自民党だと思うんですよね」

『5』は文化や芸術、科学技術についてのエッセイなどを日本語あるいは英語で載せているリトルマガジンで、年2回、450部を発行している(創刊時は350部)。

読者層は大学関係者や学生、アクティビスト、アーティストなどで、保守的、右翼的な内容とはほど遠い。それなのに編集委員のひとりである毛利は自民党のやっていることと近いといったのだ。

毛利がいいたかったことは、じつは雑誌の中身のことではなく、雑誌やさまざまなメディアを通してコミュニティをつくったり、何ごとかを組織していく、そのやり方のことだった。彼は次のようにもいった。

「(『5』は)一見すると雑誌にみえるんですけれど、雑誌じゃないんだと思うんですよ。むしろ雑誌のかたちをとったコミュニケーション・ツールなんです」

戦後政治において自民党は、地域社会のなかで地を這うようにして人々と接し、後援会やパーティの場を設け、いわば草の根戦略で人心を掌握してきた。労働組合という比較的単一の要求を持つ組織を支持母体とした社会党や、それぞれに固定的な組織が背景にあった公明党、共産党とは異なり、自民党は地域社会でさまざまなニーズを抱える個人や組織・団体を相手にしてきたのである。

社会党、共産党、公明党が、それぞれ政治的、宗教的なイデオロギーによって票田を組織化したのに対して、自民党の自主憲法制定などのスローガンは強力なものではなかった。公共投資を中心とした利権の分配を進めながら、きめ細かなメディア戦略によって支持をとりつけてきていた。

毛利はイデオロギー闘争はどうあれ、そうした戦略を、左翼政党も進歩的知識人も決定的に欠いてきたのではないかと指摘し、『5』を創刊したのは「やっぱり安倍政権と戦うためなんじゃないですかね」と半ば冗談で語ったのだった。

社会主義者オウエンは優秀な経営者だった

ロバート・オウエンという、18世紀後半から19世紀半ばのヨーロッパを生きた社会改革家がいる。僕が社会思想史の森に入って勉強していると、ちがうことがらを調べているはずなのにいつも必ずたどり着いてしまう一軒家のような存在だ。