「商業捕鯨再開」欧米の日本バッシングはなぜ盛り上がらなかったのか

そもそも、捕鯨を取り巻く状況は厳しい
松岡 久蔵 プロフィール

結局、捕鯨問題とは何だったのか

クジラは20世紀以降、国際政治の波にもっとも翻弄された動物といえる。欧米と日本の食文化の差異、人種差別、環境運動の高まり、米ソ冷戦など様々な要素が複雑に絡み合い、政治的な争点となった。

実際にIWCでも、日本の商業捕鯨を停止させるために、アメリカなどがEU諸国をIWCに突如引き入れて反捕鯨陣営の票をかさ増しし、日本もそれに対抗してアフリカ諸国などを捕鯨賛成陣営に引き入れるといった攻防があった。このとき日本が味方に引き入れた国には、見返りとして政府開発援助(ODA)をはじめ様々な便宜が図られたことは公然の秘密となっている。

自民党捕鯨議連幹部によると、今回のIWC脱退騒動絡みでも、日本に協力したラテンアメリカ諸国において、鯨肉加工施設を数億円規模で建設するといった施策が決定しているという。

和牛受精卵やイチゴ種苗の海外流出が大きく取りざたされたことを見ても、食文化にかかわる問題は容易にナショナリズムへ接続する性質がある。

世界中で、いや日本でもさほど食べられているわけではない鯨肉をめぐり、反捕鯨国と捕鯨国との間で馬鹿馬鹿しいほどのエネルギーを使った対立が繰り広げられてきた。しかしいまや、日本の地位低下や人々の環境問題に対する関心の変化により、捕鯨に対する関心は国際的にも下火になり、「過去の問題」となりつつある。

捕鯨をめぐる様々な騒動で、もっとも振り回されたのは、伝統的に地元で捕鯨を営んできた漁師であり地域住民だろう。反捕鯨団体による時に暴力的な活動の標的となり、映像に撮られて世界中に「野蛮な民族」として晒され、理不尽な思いを味わったことは想像に難くない。

一方で日本の新聞・テレビなどマスコミも、「捕鯨は日本の文化」と過剰にナショナリズムをあおるか、「捕鯨を再開すれば国際社会から批判を受ける」と孤立論を展開するか、という紋切り型の報道ばかり。反捕鯨国の真のモチベーションや、税金頼みの捕鯨産業が抱える構造的問題といった論点に切り込むことはほぼなかった。

令和の日本にとって、捕鯨問題は振り返るべき「教訓」の塊であると言うこともできるだろう。それを持ち越さないためには、まずは客観的事実と向き合うことが不可欠だ。イデオロギー闘争の具となりがちな捕鯨という領域にこそ、なおさら冷静な報道と分析が必要ではないか。