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ドイツ「与党政治家殺人事件」から見えてくる政府とメディアの偏向性

これでは民主主義は機能しない

AfD(ドイツのための選択肢)の責任?

6月1日の夜、CDU(キリスト教民主同盟)の政治家、ヴァルター・リュプケ氏(66歳)が、自宅のテラスで何者かに至近距離から頭を撃たれて死亡した。どうも、この頃のドイツはかなりアンタッチャブルだ。

事件後すぐさま、極右の仕業だろうという憶測が流れた。というのも、リュプケ氏は2015年の秋、ドイツ全土が大量の難民で混乱していた際、難民の無制限受け入れを擁護した政治家だったからだ。しかも、反対者に対して、「この価値観を支持できないなら、いつでも国を出て行けばよい」と言って怒りを買ったため、以来、外出時は警察に守られていた。

メディアは当初、「犯人については憶測の域を越えない」と冷静だったが、16日になって、過去に極右の活動で前科のあったEが容疑者として拘束されてからはタガが外れた。事件は、極右による政治的な殺人となり、さらに、ほとんどのメディアが、これほど極右の暴力が伸びたのは、AfD(ドイツのための選択肢)の責任もあると言い始めた。

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AfDは、当コラムでもしばしば取り上げているが、もともとは2013年、EUの金融政策に反対するために作られた党だ。ところが、その後、2015年、16年と、とめどなく難民が入ったとき、政府の難民政策を批判して人々の心をつかんだ。今では、州政府のすべてに議席を持ち、それどころか、国会においては野党第1党である。

AfDは決して「極右」ではない。ネオナチ的な考えを持っている人たちがチラホラ混じってはいても、AfDがネオナチの思想を広めているわけではないし、また、ネオナチと結ぶこともありえない。

 

そもそも彼らの支持者が増えたのは、保守党のはずのCDU(キリスト教民主同盟)が、メルケル政権14年の間に左に寄り、政治スペクトルの右端に空洞が出来てしまったことが原因だ。その空洞にAfDが収まり、行き場を失っていた保守の支持層を取り込んだ。AfDの主張は、いわば一昔前のCDUの主張と、さほど変わりはない。

ただ、既存の政党にとってAfDの存在は脅威だった。だから、結党以来、現在に至るまで、すべての党があらゆる手段を使って、AfDを極右、ポピュリスト、ナチとして葬り去ろうとしている。今回はそれがさらに先鋭化し、「AfDが『憎しみ』を広めたためリュプケ事件が起こった」というかなり大胆な論法で、AfDは加害者側に組み込まれてしまった。

普段なら、AfDが難民による犯罪の犠牲者を追悼した途端、政治家やメディアが「犠牲者を政治利用するな」と抗議するのが常だが、今回、リュプケ氏の死がAfD潰しに利用されても抗議する人はいない。それどころか、リュプケ事件の2週間後には、憲法擁護庁が、ドイツには現在2万4100人の極右がおり、そのうち、1万2700人が暴力も辞さない危険分子であると発表し、危険ムードを強めた。

確かにドイツには、危険な極右グループが存在する。最たるものは、「帝国臣民」運動。彼らは未だに現ドイツ連邦共和国を認めておらず、その前身である「ドイツ帝国」の臣民として生きている。勝手に代理政府を建て、宰相もいれば、将軍もおり、武装し、王立銀行を作り、独自のパスポートまである。

この人たちの実態が有名になったのは、2016年、バイエルン州で、武器押収のために特殊部隊の警官が彼らのアジトに近づいたところ、警告もなしに銃弾が発射され、銃撃戦となったためだ。これにより4人の警官が負傷し、翌日、うち一人が亡くなった。

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/50073

ドイツ当局はこれまで、集会、結社、言論の自由などを理由に、右にしろ、左にしろ、過激集団に対して、きちんとした対策を取ってこなかった。ところが今、突然、「右翼の台頭」が問題視され、それとAfDが関連付けられている。暴力的極右とAfDの境目は、故意に曖昧にされている。

 
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