# マネジメント

人工知能時代に生き残るのは、意外と「こんな上司」だった

これがドラッカー流マネジメントの神髄
大原 浩 プロフィール

マネジメントとは、人間の心をつかむことである

マネジメントとは、究極的には「人間の心をつかむ手法」である。

「猫の手も借りたい」という慣用句があるが、本当に猫の手だけを切り取って差し出したら動物虐待である。また、「人手不足」だからと言って、切り取った人間の手を持ち込んだらホラーだ。

「人間の手にはもれなく心と体がついてくる」という厄介な存在である。しかし、この厄介で扱いにくい人間を上手にマネジメントしてこそ、企業の発展があるのである。

 

AI化で人間の仕事が奪われるということが騒がれているが、似たような騒動は昔もあった。

例えば、1950年以降、大型(文字通りビルのワンフロアほどもある代物)コンピュータがビジネスに導入され始めたとき、多くの人々が「マネージャー」は不要になると考え、ドラッカーもその1人であった。

しかし、マネージャーの数は、むしろそのころから爆発的に増えたのだ。

マネジメントの仕事は、単なる書類決済や計画書の作成などではなく、コンピュータにはとても代用できないようなもっと幅広いものであったからである。

また、産業革命の時も「機械に仕事を奪われる」と考えた職人たちが打ち壊しなどを行ったが、現在に至るまで製造業で働く人々は世界的に増えている。

生産のボリュームが増えていることもあるが、機械を製造したりメンテナンスなどを行う人々が大量に必要になったからである。

今回のAI騒動でも「マネジメント」の役割がクローズアップされるはずだ。

機械やプログラムは費用を払えば基本的に誰でも手に入れることができる。しかし、その製造・運用ノウハウは、人間が保有しているのである。

その、貴重なノウハウを持った専門家に気持ちよく働いてもらい、能力を発揮させるのがマネジメントの一番大事な役割なのだ。

ドラッカーは、我々は「知識社会」に突入していると指摘する。知識社会とは、人間の頭の中にある知識(決してゼロと1で表現できる「情報」ではない)が、ビジネスなどの中心になる世界である。

知識社会では、「部下の方が上司よりも知識を持っているのが普通」である。なぜなら、人々がそれぞれの専門分野の知識を磨くことによってビジネスが成り立つので、担当者が一番よく知っていなければならないからだ。

特に、最近では弁護士、会計士などの専門家を企業の社員として雇う傾向が顕著であるし、研究所の研究員など、上司が逆立ちをしても勝てない専門知識を持つ人材が部下になるケースが多い。

そのような場合、仕事の具体的内容をマネージャーが管理することはできないから、専門家たちに気持ちよく働いてもらう以上のことはできないのだ。