リクルートスーツは「若者画一化の証」だと嘆く人に強く言いたいこと

深く考えずに叩いていませんか?
安城 寿子 プロフィール

視点②:今、何故、それほどに「黒」が問題なのか

入学式のことは分かったが、いずれにしても、リクルートスーツが気持ち悪いことに変わりはない。そんな声が聞こえてきそうなので、そろそろ本題であるリクルートスーツの話を始めよう。

リクルートスーツというものの歴史を簡単にたどると、まず、1970年代後半に、就職活動の場における学生服に代わる装いとして男子学生用のリクルートスーツが生まれて徐々に普及した。もともと制服に近いものだったわけだ。

そして、1986年に男女雇用機会均等法が施行されると、女子学生の間でも濃紺のリクルートスーツが身に着けられるようになった。Togetterなどにもまとめられているように、80年代中頃までは、カラフルなスーツやワンピースで就職活動に臨む女子学生も少なくなかったようである。

以上の歴史を踏まえた時に疑問なのは、あえて、今、問題視しなければならない何かが起こっているのかということだ。

 

「黒いリクルートスーツ」が問題であると言う人は多い。私が受けた過去二回の取材においても記者はことさらそのことを気にしていた。

しかし、就活学生が似たり寄ったりのスーツ姿であるのが問題なら、スーツの色が何色であろうと問題なはずで、そうだとすれば、その問題は今に始まったものではない。

私自身が就職活動をしようとしていた1999年のこととして、少なくとも、東京の新宿および池袋の百貨店では、黒いリクルートスーツは「主張が強い」「個性派」という位置付けで売られていた。伊〇丹でも、〇武でも、「公務員や銀行などお堅いところはやはり紺のスーツが喜ばれます。アパレルや出版なら黒でもいいかもしれませんね。でも、紺の方が何かと無難です。」と言われ、元来黒いスーツが好きな私は大いに不満だった。

結局、こだわりを貫いて黒のパンツスーツを購入したが、同級生の間では圧倒的に濃紺が優勢だったと記憶している。つまり、90年代末の時点で、既に、就活学生の装いは濃紺のリクルートスーツによって画一化されつつあった。

だから、個性がないとか臆病だとか戦争への第一歩だとかいう批判は、どんなに遅くても20年前までさかのぼり、そこから現在に至るまでの間に紺や黒のリクルートスーツで就職活動に臨んで大学を巣立っていった「若者たち」を対象にするのでなければおかしい。にもかかわらず、何故か、「最近の就活学生の黒いリクルートスーツ」にばかり矛先が向けられる。歴史的な経緯を無視して常に「今の若者」を憂うのが〈若者劣化言説〉の特徴だが、まさしくこれはその典型だろう。

ここには、ナチス親衛隊(SS)の制服のイメージゆえか、黒という色がとかくファシズムや戦争と結び付けられやすい色であることも関係していると思われる。西洋服飾史において、礼服の最もスタンダードな色の一つであり続けたのもまた黒であるというのに。