なぜ日本人は右傾化するのか? 誰もが「居場所」を過剰に求める時代

古谷田奈月×中島岳志【特別対談】
文藝編集部 プロフィール

死者を加えたデモクラシーに向けて

古谷田:浜野が、勤め先の高堂会館の母体となる神社に参拝することを梶から頼まれ、でも気が進まなくて逃げようとするシーンがあります。あれは、私自身の英霊と呼ばれる人たちとの付き合い方が反映されているんです。

英霊といってパッと思い浮かぶのは靖国神社ですが、『神前酔狂宴』を書くまでは、すすんで訪れようと思える場所ではありませんでした。いかにも政治的というか、右翼的で怖いという印象があって。でもこの作品を書いたことで心境が変わり、先日参拝してきました。遊就館の展示も見て。

私個人としては、靖国の問題は、そこに祀られている人々と参拝者の関係をあらかじめ設定していることにあると感じました。戦没者の方々との対話のつもりで参拝しても、このようにありがたがってください、敬ってくださいというような主張が神社側からなされている。信仰、慰霊という個人的な行為に踏み込むというのは、神社としては政治的であること以上に問題だと思います。

中島:全く同意です。僕はおじいさんが靖国に入っていて、昔は東京に来たら靖国神社に行っていたんです。当時の遊就館は、戦没者の遺品であるラッパとか水筒とかを静かに並べているだけだったんですよね。

古谷田:そういうコーナーはいまも一部ありますね。

中島:遺品がそっけない棚に並んでいて、兵器とかも並んでいたけど、解釈は見る側に委ねられていた。僕はその空間が嫌ではなかったんですけど、それがいつしか、あの戦争が正しかったという物語に沿った展示になっていて、心が離れました。死者の声を独占することはやめてくれって。

死者って、自分の自由がきかない、ままならない存在ですよね。突然、思いがけない形でまなざしを向けてきたり、声をかけてくる。自分にとって都合のいい存在などではなく、時に自分を諌め、反省を促すような存在でもあります。そういうままならなさが重要なのに、あそこは、この人はこの物語の中のこういう死者です、ということをする。これは左派も同じで、広島の被爆者の声とか沖縄の声とか、死者の問題についてはどこにでもつきまとうことで、僕は両方嫌なんです。

古谷田:死者を加えたデモクラシーを形成していこうと思ったら、具体的にはどうすればいいんだろう、と考えるんですが……。

中島:かつてはおそらく、共同体は死者を含んでいたと思うんです。どの家にも仏壇や仏間があって、遺影があった。死者も家族の一員としてそこにいる、っていう感覚があったんですよね。現代の住宅建築はそういうものを消し去って、墓地も郊外にあって、僕たちは死者と接する機会をどんどん拒絶して、いま生きている人間を至上のものとしてきた。

 

古谷田:死が見えない状態ですよね。私は母方の実家がお寺で、お墓で遊んだり無縁仏にお線香をあげたりしてきたせいか、もうこの世にいない人には親しみを感じるんですが。墓地を歩くと落ち着くし。

中島:別に霊感があるとかそういう話じゃなく、死んでしまった大切な人と、なんとなく、言葉にならない感覚を交わす時というのはあるはずなんです。

古谷田:ありますね。でもいま、死そのものがタブー視されて、極端にネガティヴなものとして捉えられている気がします。人が死んだ姿を見てはいけないし、老いて死ぬことさえ簡単には許されない。

中島:そうですね。『完全自殺マニュアル』が問うたことって、あれは「死ね」と言っているんじゃなくて、「死ねる」という手段を手に入れた瞬間に生きることができる、ということなんです。死という最後のカプセルを持つことでようやく生きていけるのが僕たちの生じゃないか、と言っている。
 
それに、僕は人生は死んで終わりだとは思えないんですよね。場合によっては死んでから始まるのかもしれない。

古谷田:とてもよくわかります!いま生きているこの命の続きとしての死、という感覚が私にもあります。終わりではなく、あらたまる感じ。もっと、死ぬことや、死んだ先のことも、一緒に抱えて生きられたらなあ。

中島:この研究室にある本なんて、ほとんど死んだ人の書いたものですからね。ずっと死者に囲まれているようなものです。僕もこの仲間にいずれ加わると思うとすごく安堵感がある。だとしたら、まだ見ぬ他者、まだ生まれてきてもいない他者との対話可能性をひらくというのが死の問題なんですよね。つまり、死者の問題というのは過去のものではなく、とてつもない未来志向なんです。

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