なぜ日本人は右傾化するのか? 誰もが「居場所」を過剰に求める時代

古谷田奈月×中島岳志【特別対談】
文藝編集部 プロフィール

中島:ある人は意識しないんです。たとえば、浜野の友人の梶は高堂会館で働くことに次第に誇りのようなものを感じるようになって、派遣という立場から職場に「ガッチリ属して」いきますよね。それがやがて高堂会館への怒りに転じて、伝統や絆を取り戻せと、公然と批判するようになる。まさにこのような、危機意識において喪失物として「発見される」のこそがトポスですね。

古谷田:そうか……。私の場合、喪失や不足といった感じはないので、どこにも属せないという感覚から言葉が生まれて、その言葉が居場所を作り上げてくれているのかもしれません。

現代日本はどのような社会か

中島:いま日本で起きている右傾化の問題は、最愛のおばあちゃんを亡くした梶のように、強い喪失感を抱えるゆえに、拠り所を過剰に求める感覚が生み出していると思います。これは、安定した中に生きる人間は意識すらしないものです。そして、具体的なトポスを失っているがゆえに、どんどんとトポスの抽象化が起きる。ネイション(国民)って、会ったことも話したこともない人たちの「想像の共同体」ですよね。社会階層を超えた抽象的なつながりに、アイデンティティを見出していく。

古谷田:でも、ナショナリズムに傾倒する人が必ずしも家庭環境が悪かったり、貧困にあえでいるわけでもありませんよね。

中島:現代というのは、たとえ年収が多くても安定せず、いつ転落するかわからない滑り台社会なんです。だからみんな不安で、強い喪失感を抱えている。昔だったら、家族や地域共同体、会社が受け皿になっていたけど、それらが機能しなくなってきています。そこで、ごく抽象的なナショナリズムといったものに自分の拠り所を見出そうとするんだと思います。

古谷田:抽象的だからこそ、信じてしまう。まさに梶はそうですね。

 

中島:後半で浜野が、新郎を神とみなして、その忠誠心で突き進んでいくじゃないですか。あそこで出てくる「おれの新郎」というのは、二・二六事件とか、右派テロリズムに対する批評になるんじゃないかと思います。

二・二六事件の首謀者の一人で、磯部浅一(いそべあさいち)という青年将校がいたんです。軍事クーデター未遂に参加した当時の将校たちは、世の中が悪くなっているのを、自分がなんとかしなきゃいけないと純粋に思っていた。天皇陛下の御心をわかっているのは自分たちだけであり、その思いで、政治腐敗を正そうとしたわけです。

ところが彼らは、昭和天皇から賊軍と言われて鎮圧される。そして、後の磯部浅一の裁判記録を読むと、そのことによって磯部は天皇を恨んでいる。明治天皇はもっと偉かった、現天皇は歴代の天皇たちに謝るべきだと言って、処刑されて死んでゆく。

古谷田:せつなすぎる……。

中島:こうした歴史の手触りとよく似た感覚がこの小説にはあって、読み終えると、単に喜劇という形だけでは捉えきれない何かが残りました。

古谷田:崇拝対象と折り合いをつけようとすること自体、切実なぶん滑稽な行為なのかもしれません。神道に合わせて自分を変えていく梶もそうだし。

逆に主人公の浜野は、もともと神なんてどうでもいいし、新郎新婦の幸せもどうでもいい、というスタンスです。それで神社の保守的なあり方に対立する。終盤に出てくる松本千帆子も、元来の型にとらわれない婚礼を挙げようとして、浜野はそれに共感します。これって一見リベラルで革新的な価値観に思えるんですが、このふたりは逆に、頑なに自分を変えない存在でもある。梶よりこっちのほうが保守的かもしれない、と書きながら感じました。

中島:浜野も揺れてるじゃないですか。神社の神の存在へ、ふと持っていかれそうになる。しかし彼はシナリオを書いて状況をフィクションとして捉え直すことで、自分を保とうとするわけですよね。

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