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なぜ日本人は右傾化するのか? 誰もが「居場所」を過剰に求める時代

古谷田奈月×中島岳志【特別対談】

昨年、三島由紀夫賞を受賞し前作が芥川賞候補にもなった、最注目の作家・古谷田奈月さんの新刊『神前酔狂宴(しんぜんすいきょうえん)』(河出書房新社)が発売された。神社の結婚披露宴会場を舞台にした物語は、結婚、家族、そして日本とは何かをあぶり出す問題作だ。刊行にあたり、ナショナリズム関連の著書を多数持つ政治学者・中島岳志さんと対談をおこなった。

(左)古谷田奈月さん、(右)中島岳志さん

宗教とナショナリズムを問う

古谷田:私がはじめて中島さんのことを知ったのが、「マガジン9」での鈴木邦男さんとの対談でした。

中島:新右翼×リベラル保守」ですね。もう10年くらい前の対談です。

古谷田:どうすれば日本人から在日コリアンに対する差別意識をなくせるだろうという思いから右翼や保守思想について調べていたとき、偶然この記事を見つけたんです。当時の私の右翼のイメージはすごく雑で、街宣車とネトウヨ、という感じでした。でもこの記事では、アジア主義思想について書いた学者と右翼のバリバリの運動家が、とても理知的で誠実な対話をしている。これまでのイメージを覆されました。

それが、中島さんの著作や思想に興味を持つようになったきっかけです。

中島:そうなんですね。僕自身が最初にそうした思想に関心を持つようになったのは、だいたい1995年頃です。一浪して94年に大阪外国語大学に入ったはいいものの途中から行かなくなり、いきなり留年が決まって、時間だけはたっぷりあって。そしたら年明けに阪神・淡路大震災が起きたんです。

95年というと、バブル崩壊からしばらく経って、いい大学出ても就職先はないぞと言われている時でした。戦後50年の右肩上がりが終わって、ぼくらの世代は、何を根拠に生きていけばいいのかわからない。94年に出た岡崎京子の『リバーズ・エッジ』と、93年の鶴見済の『完全自殺マニュアル』の時代、といえばイメージが湧くかもしれません。

震災が起こった時はちょうど宗教に関心があったんです。そうしたら、その年の3月にオウムの地下鉄サリン事件が起きた。僕よりも少し年上で、宗教に走った人たちが、あんなことをやったわけです。そして8月になると、当時の首相であった村山富市が「戦後50周年の終戦記念日にあたって」という、いわゆる「村山談話」を発表します。先の戦争に対する謝罪と反省を表明したあの声明を、いまのネトウヨの前身みたいな人たちが攻撃しはじめて、その流れで「新しい歴史教科書をつくる会」ができました。

こうして、宗教とナショナリズムという、僕にとっていちばん訳がわからないと思っていたもの、そしておそらく世の中のみんなもわかっていなかったものが、この年一斉にやってきたんです。

古谷田さんの『神前酔狂宴』は、神社の結婚披露宴会場を舞台に、まさに宗教とナショナリズムを問う作品だと思いました。

【あらすじ】
日清・日露戦争の英雄、高堂伊太郎(こうどう・いたろう)を祀る神社の結婚披露宴会場である高堂会館のバイトをはじめた18歳の青年・浜野。「高堂伊太郎って誰?」というくらいの無知なまま、同僚の梶(かじ)とともに時給アップを目指して全力で働いていた。
高堂会館には、同じく明治の<軍神>を祀る椚萬蔵(くぬぎばんぞう)を祀る椚神社から数名の給仕が派遣されていた。そのひとりである倉地(くらち)は浜野たちの働きぶりを賞賛し、能率の悪い椚会館の意識改革をはじめる。
2011年の震災後、挙式の申し込みが激増するなか出世していく浜野は、かつて高堂伊太郎が天皇に忠誠を尽くしたように、自らも新郎に忠誠を誓う給仕として挙式の現場を取り仕切り、一方で改革を成功させた椚会館からは次々とスタッフが派遣されはじめていた。
やがて、「高堂伊太郎という偉大な英霊を祀る神社が、日本人の心を失ってしまった」と言ってのっとり宣言する倉地。同僚が次々と職場を去ってゆくなか、ある日風変わりな客がやってきて……。
 

古谷田:そうですね。主人公の浜野とその友だちの梶というふたりが物語の主軸で、ともに18歳で高堂会館という、明治のいわゆる「軍神」を祀る神社の披露宴会場で給仕の派遣バイトを始める。そこからの15年間を描いています。

以前、中島さんは「派遣労働が若者のトポス(場)を奪った」ということを書かれていたと思うんですが、トポスというのは、いわゆる物理的な場所や土地のことだけを指すわけではないんですよね?

中島:トポスは、物理的な場所に加えて、自分がそこで意味付けられている場所、という意味です。つまり、自分がいるからこの場が成り立っている、という実感を持てる場所のことですね。

古谷田:それはきっと誰にとっても必要なものだと思うんですが、私に限っていうと、どこかにガッチリ属しているという状態がどうしてもダメなんです。家も苦手だし中学は不登校だし高校は通信制だし。だから労働という面では、単発バイトや日雇いといった雇用形態にとても救われました。派遣労働に居場所を守られたという感覚で、これは主人公の浜野のスタンスと近いと思います。ただ、この状態でトポスがあるといえるのか……。居場所がないこと自体を居場所にのように感じている自分が、なんとなく危ない存在に思えるんですが……。

中島:うーん、まあ、トポスって「ない」ことで認識されるものだから。

古谷田: